番組審議会 議事録概要
『ザ・ドキュメント「となりのミライジン」』について審議
- 放送日時
- 2021年8月20日(月)25:25~26:25
(関西ローカル放送) - 視聴率
- 個人全体
0.8% 占拠率(13.4%) - オブザーバー
- 報道局 ディレクター
宮田 輝美
参加者
委員 |
委員長※上村洋行(司馬遼太郎記念館 館長 司馬遼太郎記念財団 理事長) 委員長代行難波功士(関西学院大学 社会学部 教授) (敬称略50音順) |
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関西テレビ |
※羽牟正一 代表取締役社長 |
※印…対面による出席、他はオンライン(zoom)出席
議題
- 局に寄せられた視聴者からの意見苦情等の概要(7月、8月分)報告
- 審議番組 ザ・ドキュメント「となりのミライジン」
(8/20月25:25~26:25放送) - その他 番組全般、放送に対するご意見、質問等
第627回番組審議会は、新型コロナウイルス感染予防のためオンラインと一部対面による開催とした。審議番組は、「となりのミライジン」。審議のほか、10月改編のプレ情報の報告、ほか受賞報告を行った。
番組概要
『ザ・ドキュメント となりのミライジン』
「選べなかった人生」のまま、終わらせない。こんなミッションを掲げた小さなITベンチャー「ミライジンラボ」。
開発者たちはTシャツに短パン。リモートでしか登場しないメンバーもいる。
彼ら「ミライジン」には特徴がある。「今の社会」で働くことは苦手だけど、スゴイ能力を秘めている。代表の小林宏樹さんは、2年前、会社を退職し、「ミライジンラボ」を設立する。きっかけは、10年以上引きこもっていた友達が「自分よりスゴイ」能力を秘めていると知ったこと。高学歴なのに就職できない「引きこもり」や「発達障害者」が増え続けている。彼らは「未来の社会」では尖った戦力になるはずだ。この中に自分が活躍させられる「ミライジン」がいるんじゃないか?しかし悟った。一旦殻に籠った彼らを活躍させるのは並大抵ではない。戸惑いながら今の社会に挑んだ「ミライジンラボ」の3年間を描く。
「ミライジンラボ」と小林代表について
- 「ミライジンラボ」の経営として、各企業から仕事を請け負って、幾らぐらいになって、どういうふうにそれを分配しているのかというようなところをもう少し具体的に示してもらったら。多分ディレクターが自重されたかと思うが、少し隔靴掻痒な部分もある。
- 小林さんが行いたいことは相当忍耐が必要になる仕事。常識とか普通はこうだと思っているところと、この「ミライジンラボ」にいる方たちの行動が予測できないことはストレスだったり大変さにもつながるのかと思う。仕事の納期もあり、その仕事を依頼者の希望どおりに「ミライジン」の方たちにこなしてもらわないといけない仕事をして、板挟みになっている小林さんは相当しんどいのではないのかと思った。
- 小林さんは非常に苦しい立場にあるのは容易に想像がつくが、不思議なのは、小林さんはずっと笑顔であること。持って生まれたものなのか、自分を奮い立たせているということなのか、そこはちょっと理解ができなかった。いずれにしてもこれから取り組まなければいけない問題であることは確かで、これを関西テレビさんで取り上げ、2、3年かけて取り組まれたというのは敬意を表する。
- 小林代表の笑顔は、この人の特質というか、この笑顔が「ミライジン」と言われる人たちとの接点をうまくつくり上げているのではないのか。相手の受け答えを笑い声に変えて聞いている、そういう姿勢というのは、こういう社会での居づらさを感じている人たちにとって大変いい環境の場所になったのではないか。
- この「ミライジンラボ」の小林代表の志、思いは大変立派だと思う。未消化に終わったという結果にはなったが、大きな一歩を踏み出されたのではないか。特性に応じて好きな時間に自由に仕事をさせるという環境づくり、あるいはミライジンと企業を結びつけようとする努力、そういう熱意を感じた。
- 番組の意図は、発達障害を持っている人というのは社会的な問題だが、働ける可能性はある、その人たちを埋もらせておくのはもったいないということだと思う。一方、雇用する企業からすると、発達障害者全てを働かせるということはできないが、その人のある種の天才的な能力を発揮する場所を与えて上手く行けば、企業も利益が上がるし、発達障害の人たちの社会的地位も向上させられるというところがあるということだと思うが、「ミライジン」が事業として成り立っていないとなると、むしろNPO法人のほうがふさわしいのかという感じをどうしても持ってしまう。
気になったところは
- 一つの取材対象だけ追いかけて番組に仕上げる場合、具体的なデータをはさみこまないと、内容に厚みが出ない。例えば世界各国および先進国で発達障害者はどれだけいて、雇用率はどれぐらいあるのか。日本はどうなのか、基本的なデータも必要。「発達障害」の一言で済ませるのではなく、発達障害にはADHDもあれば、自閉症スペクトラム障害もあり、学習障害もある。それらをきちんと番組冒頭などで説明すべき。
- 能力がありながら社会で働きにくい人たちに活動の場を与える「ミライジンラボ」というものに焦点を当てた意味は大きい。新たな提案、いろんなことを気づかせるきっかけをつくったという意味で、この番組は評価できる。ただ、やや説明不足というか、表面だけを追いかけている感じがして、せっかくの題材が希薄になってしまったというような印象を受けた。
- すごいと言われているアプリやプログラミングが出てきた。数十台の車の動きを復元するという。これだけだと、どういう価値があり何に役立つのかというようなことは伝わってこない。わかりやすい説明があれば、この「ミライジン」たちの能力の高さがわかるし、社会にとっていかに必要なのかということがもっと伝わってきたのだろう。
- 番組に対する不満でいうと、発達障害でくくられる人たち、メンタルな不調を抱えている人たちの中でも、この人たちみたいにものすごい才能を持っているとかいう人たちばかりではなく、プログラミングだとか数学に才能がない人たちもいる。その人たちはいいのかというのが、ちょっとモヤモヤと残った。
- 「引きこもり」や「発達障害者」は、高学歴のみならず、日本の社会全体に増えている。高学歴の人の問題ではなく、今の社会を広い視点で捉えつつ、「ミライジン」の取り組みを紹介する、という内容だと、もう少し身近な問題として観られたのかもしれない。全体的には、わかりづらくもやもやとした印象を持った。
- ディレクターはモヤモヤをわざと意識したと言っていたが、そのモヤモヤがむしろわかりにくく、説明不足だと思う。雰囲気はわかるが、ディテールでわかりにくい部分、例えばラボの経営状況は、ボランティア的な経営なのかベンチャー企業として成り立っているのか、そういうことを言ったほうが明快になったのではないか。
- 障害を持っている方や発達障害の方がIT戦力として活躍することの難しさがメインか、発達障害とかを抱えている人たちを社会で活躍させようと奮起する小林さんの苦労の数年間をメインとしているのか、いろんな場面が出てくる。ストーリーの主軸がいろいろなところに話が飛んで、内容が入ってこなかった。
番組全体について
- 登場人物に関して。全員が生きづらさをすごく抱えていて、自己肯定感がとても低くて、それがすごく気になった。突出した能力があるが、それをアピールする方法が見つからないというのは非常に残念なことだと思ったし、だからこそ、この「ミライジンラボ」が存在する理由であるのだというところも納得できた。
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ラボのメンバーはみんなとても真面目な人たちばかりで、社会に役に立つということにすごくとらわれ過ぎているなという印象があった。今の世の中がそういうふうに社会に役に立つ人間を当然のように求めているという空気があって、それに応えようと無理をするということもこの人たちの特性としてある。そういう考え方はやめたらと思うし、多様性の時代だと言われながらも、ちっともその多様性を受け入れない今の社会というのが何なんだろうなというのもこの番組を見て非常に強く思った。
上記のご意見への返答
別に「社会の役に立たなくてもいい」と言っていただけましが、そこのところで自分は要らない人間なんじゃないかと、自分を好きになれないということで、小林さんは、出会った彼らに「自分を好きになってほしいんだ」ということをおっしゃっていました。私は、彼らが自分の能力の分だけ会社から対価を得られるような社会になったらいいなと思っていたんですが、その手前に、まず「自分を好きになる」ということが大事なんじゃないか、そこがあって初めて好きなことを突き詰めて、それが価値になって社会に還元されてということだと思っています。
宮田ディレクター
- ドキュメンタリーとして非常にいい作品。番組の中で象徴的なのは、支援側からの「社会からはみ出させているのは社会ですから」という考えに対し、小林さんが「当事者的にはちょっと感覚が違う、当事者もこのままではあかんと思っている」と話すこのシーンが当作品のキモではないか。このズレが日本社会の発達障害に対するズレであり、それらをどこまで埋められるのか、どこまで埋めることができないのか、というのが問われていると思う。
- 日本では40歳から61歳までの中高年のひきこもりが60万人を超え、発達障害の中でも「注意欠陥・多動性障害」(ADHD)については先進国で多く、発展途上国で少ないというのがデータで明らかになっている。日本の現状を考えると、「ミライジン」の小林さんがやろうとしていることは、困難を伴うが意味のあること。ドキュメンタリーとして取り上げて世の中に発信していくことは、メディアの使命のひとつであり、評価すべき作品だと思う。
- 「ミライジン」というワードについて。小林さんが「ミライジンラボ」をつくり、そこに所属する人たちを「ミライジン」と呼んではいるが、なぜ小林さんが「ミライジン」という言葉をチョイスしたのか、「ミライジン」という言葉に込めた思いというのをもうちょっと私は掘り下げて聞きたかった。
- 番組で、「出社しない最強のプログラマー」とか、あるいは「居候時々エンジニア」とかという表現を使っていた。この表現の使い方によって、この方々の雰囲気というものが我々に伝わったように思う。
- 個人的に関西テレビの制作するドキュメンタリー番組は好きで、評価もしている。他局のドキュメンタリー番組は上から目線だったり、恣意的だったり、というのが多いが、関西テレビの作品はニュートラルで、テーマ選択もすぐれている。
- 関西テレビのドキュメンタリーは見終わった後、会話の「主役」となる。家族間でしゃべったりするのは、秀逸な番組の証しだと思う。
- 従来、障害者は福祉で守るからそのルールの中にいなさいという考え方というのが往々にして多かったと思うが、そういう価値観だとか制度へのアンチテーゼだと思って、非常に痛快な思いを感じながら見始めた。ただ、終わってみると何となく消化不良というか釈然としない部分もあると感じた。
- 大変感心した。要するに社会と付き合うのは苦手だという人が主人公は、会議や打合せには出たくない、営業の場には顔を出したくない、だけど、実はデータ処理の達人であったりする。例えば、ビジネス世界のソフトエンジニアに頼めば数百万円取られる仕事も、言わばただでやってくれる。そういう人材と現実のビジネス社会の間に橋渡しをする人が出てくるわけです。この橋渡しは果たして可能かという問いかけに番組はなっていた。私もいろいろ考えさせられた。
- 番組として、現状こういう問題があるということを示すのはきちんと示されていたし、最終的には万々歳ではない現実とかそういうものを映すというのも非常によかった。3年間、粘り強く取材されたんだろうと思った。
- 発達障害の人が増えていることは、社会学の世界でもいろいろ議論になるが、発達障害というカテゴリーを知らなかった時代は、ちょっと変わった人とか、ある傾向を持った人と言われていた人たちが、そういうふうにくくられるようになってきたということもあると思う。昔は、そういう人たちがまだ生きる場所があり、第一次産業が中心だったりすると人と関わらなくても生きてくる人はたくさんいた。それが、発達障害の傾向等を持っている人たちが、大企業に入らないとしょうがないみたいにことになってくると、生きづらさを抱えている人たちもどんどん出てくるだろう。社会に彼ら、彼女らの居場所がなくなっているという現状も感じることがあった。
- この番組は、大変いい提言になったが、雰囲気だけを伝えただけで終わったのが残念。小林代表が、次なる策をどういうふうに考えているのかとか、あるいはどういうふうに自分はやっていきたいのかというようなことがあればもっとよかった。取材は大変だと思うが、続編を検討されたらどうか。
- より多くの人たちにこういう現実を、つまり社会の壁をいかに低くしていくかということを番組として訴えるのも意味があるように思う。このテーマにさらなる取り組みをしてほしい。
委員のご意見を受けて
- 報道局 ディレクター
宮田輝美 - この番組を「障害者に対する今の価値観へのアンチテーゼ。ただ現実は消化不良となってしまった」とご指摘いただきました。まさに取材者としての実感そのものです。
一方思いもよらない言葉も。「社会の役に立つことに囚われすぎている。それはやめたらいい。」とご意見いただきました。社会の枠を外したいと願ったつもりが、自身がその枠に囚われていたことに気付きました。
今後もっと「当たり前」を疑うことを肝に銘じたいと思います。ありがとうございました。