番組審議会 議事録概要
No. 678 2026.10.8
「ザ・ドキュメント 父は戦争を連れて帰った」 (8/28放送)について審議
- 放送日時
- 2026年8月28日(金)
25:15~26:15 - 視聴率
- 個人全体 0.6%(占拠率11.6%)
- オブザーバー
- 報道センター ディレクター
竹下洋平
参加者
|
委員 |
委員長上村洋行(司馬遼太郎記念館 館長 司馬遼太郎記念財団 理事長) 委員長代行難波功士(関西学院大学 社会学部 教授) *はリポート提出 ※はオンライン出席(敬称略・50音順) |
|---|---|
|
関西テレビ |
岡 宏幸 代表取締役社長 |
議題
- 2026年4月から9月までの番組種別・種別毎の放送時間、CM総量の結果報告、10月改編及び放送番組種別などの報告
- 局に寄せられた視聴者からの意見・苦情等の概要(9月分)報告
- 審議番組「ザ・ドキュメント 父は戦争を連れて帰った」(2026/8/28放送)
- その他(番組全般、放送に対する意見・質問等)
第678回番組審議会では、議題1について、総合編成局長から10月改編等について報告の後、「ザ・ドキュメント 父は戦争を連れて帰った」(8/28放送)について審議された。
番組概要
「ザ・ドキュメント 父は戦争を連れて帰った」(8/28放送)
戦後81年、今なお「戦争」が終わらない人たちがいる。
戦地で深い心の傷を負った兵士たち。そのトラウマは、戦後、家の中へ持ち込まれ、妻や子どもたちへの暴力や虐待となって現れた。
長い間、それは家庭の問題として片づけられ、社会から顧みられることはなかった。
大阪で暮らす藤岡美千代さん(67)。子どもの頃、元海軍兵の父親から壮絶な暴力と性被害を受けた。両親の離婚後まもなく、父親は自殺。
死後もなお、その幻影による苦しみは続き、藤岡さんは今も父親の写真を見ることができない。
それでも父親が戦地で何を経験したのかを知りたいと、一度は「なかったことにした」父親の記憶を辿ることにした。
一方、「PTSDの日本兵家族会」の代表・黒井秋夫さん(78)は、定職にもつかず、無気力な元陸軍兵の父親を軽蔑してきた。しかし、父親が戦場で何をしてきたかを知り、「戦争が父親を変えたのではないか」という思いから、同じ苦しみを抱える家族たちと声を上げ続けている。
戦時中、精神に異常をきたす戦争神経症を発症する日本兵が相次ぐも、日本軍は恥ずべき事実としてその存在を隠蔽。戦後も復員兵の心のケアが行われることはほとんどなかった。
その結果が、トラウマの家族への連鎖ではなかったか。
父を理解したい。しかし、許すことはできない-
戦後80年を超えた今も続く、戦争トラウマの実像を通して、戦争が人間と家族に残した傷跡を見つめる。
委員からのご意見
- 戦争神経症に苦しんだ元兵士本人ではなく、その家族が背負わされた苦悩に焦点を当てた視点が新鮮で、戦争被害の広がりを実感できた。
- 戦争が終わった後も傷は消えず、家族や次世代へ影響が連鎖していく現実を重く伝える内容で、大変考えさせられた。
- 藤岡さんが顔と名前を出して自身の体験を語ったことに強い説得力があり、番組全体の信頼性を高めていた。
- 藤岡さんが父親を憎む気持ちから理解へ向かうまでの心境の変化を、もう少し丁寧に描いてほしかった。
- 北大医学部に残された戦争神経症患者の映像資料が衝撃的で、文字では伝わらない当時の実態を感じることができた。
- 過度な演出や説明を避け、当事者の証言を丁寧に積み重ねる構成だったため、視聴者自身が考える余地があった。
- 一部の音楽演出は不安感や恐怖感を強調し過ぎており、内容の重さ以上に緊張感を与えていた。
- 近年ようやく注目され始めた戦争PTSDを取り上げたことで、社会的意義の高い時宜にかなった企画だった。
- 戦争神経症に対する当時の医療や支援制度について、もう少し詳しく説明があれば理解しやすかった。
- 本人証言だけでなく、医師や関係者への取材、公的資料の調査など裏付けが丁寧で説得力があった。
- 父親による性暴力という重い事実を適切なタイミングで提示しており、視聴者が内容を理解しやすい構成だった。
- 国が長年この問題と向き合わなかった背景や行政の責任について、さらに深い検証が見たかった。
-
「父は戦争を連れて帰った」というタイトルが内容を端的に表現しており、非常に印象的で秀逸だった。
上記のご意見への返答
●取材を進める中で、同じような経験を持つ方々にも協力をお願いしましたが、多くは家族の反対などによって実現しませんでした。そのような中で藤岡さんは、ご自身と父親の経験を公にしなければ、この問題自体がなかったことにされてしまうという強い危機感を持っていました。社会に伝える責任感が出演の大きな原動力だったと受け止めています。
●藤岡さんが父親を理解しようと考えるまでには大きな葛藤があったはずですが、取材開始時点では既にその段階をある程度乗り越えていました。そのため、決定的な心境変化の瞬間を記録することはできませんでした。もっと早い段階から取材できていれば違った見せ方もできたかもしれません。
●中国大陸での加害行為や戦争の重さを伝えたいという思いから、編集段階でより緊張感のある音楽を選択しました。しかし結果として怖さや重苦しさが強くなり過ぎた面もあったと受け止めています。テーマの重さを伝えることと視聴者の見やすさの両立については、今後さらに工夫が必要であると感じています。
●今回の番組は、自分自身の問題意識を強く反映した内容になりました。その結果、テーマの重さが前面に出た面もあったと思います。一方で、戦争体験者が急速に減る中、若い世代にどう伝えるかは今後の大きな課題でもあります。より多くの人に届く伝え方や入口の広げ方を意識していきたいと考えています。
委員のご意見を受けて
- 報道センター
ディレクター 竹下洋平 - 戦争体験者から直接話を伺うことが難しくなる中、どうすれば戦争の現実を世に伝えられるのか、悩みながら制作した番組でした。委員の皆様から様々なご意見をいただき、制作者としての思いは一定伝わったと実感しています。一方で、幅広い年代に見てもらうことの難しさや、より分かりやすく伝える構成の難しさも痛感させられました。報道機関として今後も戦争報道を継続していくための糧を得ることができ、嬉しく思います。この度は誠にありがとうございました。