実況者として…「魂からの言葉」
【2008年・大阪国際女子マラソン】

アツい実況でレースに華を添えてきた関西テレビのアナウンサーたち。
心に残る思い出の実況や名シーンをお届けします。
福士加代子選手

期待を背負い…「トラックの女王」がデビュー

関西テレビアナウンサー・吉原功兼です。
私が振り返る大阪国際女子マラソン、思い出の実況は2008年の福士加代子選手の初マラソンです。
福士加代子選手
2008年の大会では、福士加代子選手が初めてのマラソンに挑みました。
この時は「トラックの女王」と呼ばれていて、ハーフマラソンの日本記録保持者が初めてマラソンに挑む…そのタイムとパフォーマンス、どんなマラソンをするのかということで、日本中の視線が集まっていました。

この時、私は入社4年目。
実は競馬担当でもあるので、その日は競馬場で、テレビで見ていました。

ハーフまでは独走も…失速

(長居競技場でのスタート実況)
『想いは「北京への切符」。さぁスタートです。』

福士加代子選手が、レース序盤で飛び出していって、あっという間にリードをとり、「ハーフ」まで来ました。
福士加代子選手
「あぁこれは、とんでもない記録が出る、とんでもないデビューになる…」という期待感の中、御堂筋を超えたあたりから、「ん?」という…福士選手の中のパフォーマンスにも、なにかこう暗雲が立ち込めて来るような様子が出てきました。
福士加代子選手
そして30キロ過ぎたくらいから、徐々に徐々に、福士選手の息遣い、表情、走りなどが変ってきて、34キロぐらいでしょうか、福士選手が後続のランナーに捉えられます。

(実況)
『さぁ来た!マーラ、あっという間に抜いた!福士をあっという間に抜きました。』
福士加代子選手
『さぁこれで福士がどうか…非常につらそうな表情です。』
福士加代子選手
『あぁ、これがマラソンか、これがマラソンのキツさか。』

実況が投げかけた「マラソンの怖さ」

本当にあっという間に抜き去られました。
あの前半のリードと、福士選手の余裕の表情、軽快な走りというのがウソかのように。

その時に、第一移動車で実況を担当していた馬場鉄志アナウンサーが『これがマラソンか、これがマラソンのキツさか』という言葉を福士選手に投げかけました。
福士加代子選手
期待されていたトラックの女王が、初めての挑戦で、前半からすごいタイムが出るという期待感を背負った中で、馬場アナウンサーが言った、マラソンの怖さ、まさにそのフレーズが心の中にすっと落ちてくるように受け止められました。

何度も倒れて…それでもゴールを目指す

長居競技場の周回道路に入ると、福士選手が何度か倒れる場面がありました。
福士加代子選手
倒れて、起き上がって、笑顔になって…。
ジョギングにもならないほどのスピードでも、フィニッシュを目指す福士選手。
競技場の中に入ってきて、それでも倒れてしまって…。


(長居競技場のトラック、ゴールまであとわずかの福士選手)
福士加代子選手
(実況)
『もうタイムも順位も関係ありません!この人にあるのはフィニッシュラインを超えることだけ。』
福士加代子選手
『福士…あぁ!また転んだ!また転んだ!あと10mは無い、あと10mは無い。』
福士加代子選手
『何とか入ってくれ、福士、福士入ってくれぇ!』
福士加代子選手
『あと数m…フィニッシュラインを超えた!今超えた!福士、今、超えました!』
福士加代子選手

魂の言葉で…アスリートの姿を

実況者には用意されていたコメントなんて、もうなかったと思います。

その時、その瞬間、その場所で、
福士加代子選手のアノ頑張りを見た時にこそ出る言葉、
これこそがおそらく、魂の言葉。
福士加代子選手
実況者としての、本当の意味での言葉というものに、多分なるんだと思います。

私があそこで何ができたか…
あの2008年、今から12年前の気持ちというのを、忘れずに、人として頑張るアスリートをどう表現するべきか、私自身も磨いていかなくてはいけないと感じた瞬間でもありました。