「山陰線を1日で完乗したい!」という子供の頃からの夢をかなえるべく、朝早く京都駅を発ちました。
私は沿線の京都府亀岡市で育ったこともあり、「この線路で北へ向かえば下関まで行けるんや~」と特急や急行を見るたびに「いつかは行ってやるぞ!」と思っていたまま大人になり、おじさんになってしまいました。
いわば40数年来の夢を叶えるべく、特急「きのさき」でまず城崎温泉へ向かいました。
今回は長男の中学卒業祝いも兼ねていて、次男と3人での旅行となりました。
城崎温泉では1時間ほど時間があったのですが、外湯に入るには慌ただしすぎるので、足湯にだけつかりました。
但馬牛コロッケとカニクリームコロッケを食べて、駅に戻りました。
鳥取までは特急「はまかぜ」で。ずっと「はまかぜ」で鳥取まで行きたいと思っていたのですが、これまでは夜遅い時間帯だったのでなかなか時間が合いませんでした。
今回のダイヤ改正で利用しやすい時間帯に替わったので早速乗ることができました。
山陰線の景勝地ひとつ餘部鉄橋を初めて渡りましたが、いざ乗って渡るといつも見ている映像ほどの感動はなく、親子で「次は降りなあかんな」という話になりました。
鳥取からは特急「おき」で益田まで向かうつもりでしたが、そこでトラブル発生!
特急に乗り込んだものの時間を過ぎても一向に発車せず。どうやら試運転中の嵯峨野観光鉄道で使われているディーゼル機関車が、線路上で止まって動かなくなってしまったようです。乗っていた特急がこの区間は運休になってしまいました。
益田から普通列車を乗り継いで下関まで行くつもりでしたが、この後の特急に乗っても、益田から先に乗り継げないことが発覚。残念ながらここで山陰線完乗の夢は断たれることになりました…。
車掌さんと交渉の末、山口線から山陽本線の最終列車で下関まで乗り継げるよう山口駅まで代行タクシーを手配していただきました。
他にも同じような乗客がいて、益田駅から8人ジャンボタクシーに乗りこみました。タクシーの運転手さんは、新山口駅までと聞いていたらしく、都合良く新山口まで送ってもらえることになりました。
うちの子ども2人と大学生以外の乗客はおじさんばかりで、助手席の男性と運転手さんの会話が盛り上がり、夜中の山道を2時間ほど走りましたが、飽きることなく新山口まで到着。
ちなみに運賃は4万円を超えていました。新山口から普通列車を乗り継いで深夜に下関まで到着し、日はまたぎましたが無事ホテルにチェックインすることができました。
翌日はこの旅のメインイベント観光列車「〇〇のはなし」に乗車するため、始発駅となる新下関へ移動。たまたまですが途中、瑞風にも遭遇しました。
「〇〇のはなし」の入線を待ち乗車。「はなし」という列車名は沿線の萩(はぎ)・長門(ながと)・下関(しものせき)の3つの頭文字をつなげたものだそう。
ディーゼルのキハ40系を改造した内装で、2両編成。
この地域が日本文化と西洋文化の結節点になったという意味合いから、2両が洋風と和風の別々の内装になっていて、私たちは和風の座席を予約していました。
木材を多用し、シートと壁は「い草」のような淡い緑色。4人掛けのテーブルの足元は畳敷きになっていて靴を脱いでリラックスできました。
本州最西端の梅ケ峠駅を過ぎた辺りから眼前に日本海の景色が広がり、海底の岩や海藻までが透けて見えるほどの美しさ。
絶景ポイント毎にアナウンスが流れ、停車してくれるサービスもあり、ゆっくり景色を眺めることができました。ダイヤのゆるさができる妙といえそうです。
ディーゼルエンジンの心地良いノイズと山陰線の心地よい揺れ、澄んだ海、ゆったりとした列車旅でした。
終点の東萩まで行かずに、長門駅で途中下車。この際なので支線の仙崎まで足を延ばしました。
本来ならこれで山陰線は完乗できるはずでしたが、トラブル発生で今回は断念。長門市から益田の間が乗れず、私の40年来の夢は次の機会に持ち越しとなりました。
完乗の
夢は持ち越し
また次ね
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