ウクライナから世界各国に避難している、200万人以上の子供たち。
「言葉の壁」から授業についていけず思い悩む子供たちのために、故郷を思う人々の力で、ある取り組みが進められています。
(外国語を日本語に翻訳した部分は斜字体で表します)
■キーウから大阪に 0から日本語を学ぶ親子
ウクライナの首都キーウから、日本に暮らす家族を頼って今年3月に大阪に避難してきた、スン・オルガさん(36)と息子のディーマくん(11)。
【ディーマくんの母・オルガさん】
「(避難していた時)車で移動した数人が殺されたというニュースを聞きました。私たちも『今日が人生最後の日になるかもしれない』と思いました。こんな思いは誰にもしてほしくないです。私たちが避難できたことは奇跡でした」
これまで一度も、日本語を勉強したことがなかった2人。
ディーマくんは市立小学校に通い、オルガさんは専門学校で日本語を学んでいます。
オルガさんが大阪に来てすぐに、専門学校で受けた日本語のテストでは…
【先生】
「“き”を書いてください」
【ディーマくんの母・オルガさん】
「すみません、ひらがな・カタカナが全然分かりません…」
ほとんど理解することができませんでした。
しかし、来日して1カ月がたつ頃には…
【ディーマくんの母・オルガさん】
「“北海道は少し遠かったです。でも涼しかったです”」
【ディーマくん】
「ついたち、ふつか、みっか、よっか、いつつか、むいか…」
毎日2人で勉強し、日本語の読み書きが上達。
ディーマくんは大好物の肉まんを、1人で買えるようにもなりました。
【ディーマくん】
「いくらですか?」
【ディーマくんの母・オルガさん】
「息子は『あのすみません、551をください』って言うことができるんです」
それでも…
【ディーマくん】
「お母さんは(日本語の授業を)たくさん受けているけど、僕は週に2回だけ」
ディーマくんは、日本語の授業についていくのが難しく、小学校で学ぶべき内容の習得が遅れてしまうという不安を抱えています。
■「教育を止めてはいけない」 母国語で学習を支援する取り組み
ユニセフによると、ウクライナから世界各国に避難している子供たちは、200万人以上に上ります。
京都教育大学の黒田恭史教授は、子供たちの学習をサポートしようとプロジェクトを立ち上げました。
【京都教育大学 黒田恭史教授】
「教育が止まると、その国の若い力っていうのが、ずどんと落ちちゃうんですよね。それを絶対に止めたい」
黒田教授は、ウクライナ語で小学生から高校生まで対応する算数と数学の動画教材を580本作成し、Youtubeにアップロードする取り組みを進めています。
日本語とウクライナ語の動画教材の画面を比較すると、構成はそっくりそのまま。
ウクライナ語で学習しながら、同時に日本語も学ぶことができます。
ウクライナ語版算数・数学動画コンテンツ(Borderless Learning for All Students)-日本学術振興会 科学研究費補助事業(20K20824)
URL:math-suport-ukraine.jp
【京都教育大学 黒田恭史教授】
「教育というのは、どうしても後回しにされがちになっています。今後10年、20年たった時に(子供が)ウクライナに戻る、そこを再建するといったことを考えた時には、ウクライナ語で学んでおくということが非常に大きな力になるんじゃないかなと考えています」
■避難者や留学生が翻訳 作業が“安らぎ”にも
この動画教材の翻訳を担当するのは、ウクライナから避難した人や留学生。
1本あたりおよそ5000円の報酬が、寄付金から支払われます。
翻訳者の1人、日本語を7年間学んできたイリーナさん(28)。
今年4月、激しい戦闘が続くウクライナ第2の都市・ハルキウから、母親のヴィータさん(50)と東京に避難しました。
【イリーナさん】
「飛行機の音は怖いです。今でも飛行機の音を聞いたら、これはもしかすると安全ではないのでは?と感じてしまいます」
イリーナさんは、街にあふれる何気ない「音」で、忘れたい記憶がフラッシュバックする日々を過ごしています。
【イリーナさん】
「動画教材を作っている時は子供たちのことだけを考えていて、自分の心の中で“安らぎ”ができています。戦争のことも忘れてやっています。本当に良いことだけを考えながら作っています」
■動画教材で算数を勉強 ITエンジニアを夢見る11歳
5月、イリーナさんは日本YMCA同盟が主催する避難者の交流会「ウクライナカフェ『HIMAWARI』」に参加しました。
そこには、キーウから避難して日本の小学校に通っている、11歳のオリビアさんもいました。
【オリビアさん】
「日本の学校では、いろいろなことが分からなくて、通訳の人が手伝ってくれてる。私はITエンジニアになりたいの」
【イリーナさん】
「すてきな夢ね」
学習に不安を抱えているオリビアさんに、算数の動画教材を見てもらうことにしました。
真剣な眼差しで動画を見つめ、問題を解いていくオリビアさん。
母親のオルガ・ジュラウェールさん(44)も、そばで見守ります。
【オリビアさんの母・オルガさん】
「6×3は何になる?」
【オリビアさん】
「6×3は…27」
【オリビアさんの母・オルガさん】
「違う、18でしょ」
【オリビアさん】
「あ…まじかぁ」
【オリビアさんの母・オルガさん】
「『まじかぁ』じゃなくて、ちゃんと九九を勉強しなさいよ」
【オリビアさん】
「あぁ…もう」
【イリーナさん】
「大丈夫だよ」
問題でケアレスミスをしてしまい、悔しさをにじませるオリビアさん。
久しぶりに母国語で学んだ算数。母親のオルガさんも熱が入りました。
【イリーナさん】
「学校に通えても、言語の壁があると思うので、私たちがお手伝いできたらうれしいです」
【オリビアさんの母・オルガさん】
「手伝っていただけたらうれしいです。5年生の時学んだことを、オリビアは忘れています。学習の遅れがあると思いますが、追い付くために、この動画を活用しようと思います」
動画教材のURLをメモに書き留めていた、母親のオルガさん。
自宅でこの教材を使い、オリビアさんと一緒に算数の勉強をするということです。
【イリーナさん】
「もっと役に立ちたいので、もっと(動画教材を)改善したいし、努力します」
■ドイツに避難した弟のため、日本で教材を翻訳する留学生
この動画で学ぶ子供は、日本以外の国にも。
ドイツに避難しているオレーグくん(12)もその1人です。
オレーグくんの姉で、大阪大学の留学生のカテリーナさん(21)。
日本に来たわずか4カ月後に侵攻が始まり、故郷は一変しました。
【カテリーナさん】
「日本に来る時はワクワクしていたし、いろいろ楽しみにしていたことがいっぱいあったんですけど。誰かが…自分の好きな人が失っていることとか、毎日気になっていて。自分の無力さもちょっと悔しいというか…ちょっと難しいです」
いつも一緒にいた家族。
毎年夏には旅行に出かけていました。
弟のオレーグくんは、母親とドイツに避難しています。
ひとり日本にいるカテリーナさんにできることは、ドイツでの授業に追い付けていない弟のために、動画教材の制作に携わることでした。
そんなカテリーナさんに、ドイツで算数動画の教材を見た弟のオレーグくんから、うれしいメッセージが届きました。
【オレーグくん】
「この動画はとても役に立つと思ったよ。本当の先生と対面で話すことには、かなわないけどね」
【カテリーナさん】
「弟はほんとにかわいいです。こういう時に限ってかわいいです。うれしいですね…私の声が聞こえることとウクライナ語で話すことに『居心地の良さを感じる』と前に弟が言ってくれたので、それもうれしいです」
故郷や家族を思う人たちの「学び」の支援。
一方で、戦争が終わらない限り、取り戻せないものがあります。
■「ウクライナの学校が好き」 引き裂かれたままの友人たち
大阪に避難しているディーマくん。
放課後には、ウクライナで通っていた学校のオンライン授業を受けています。
ドイツやフランスなど、世界各地に避難しているクラスメートも参加しています。
【ディーマくん】
「こんにちは」
【ウクライナの先生】
「それでは(音読に)感情を加えて、感情を忘れず、身振り手振りも入れよう」
ウクライナとの時差で、授業の終了が夜の10時になる日も。
でも、どんなに疲れていても参加します。
――Q:毎日オンライン授業に参加するのはなぜ?
【ディーマくん】
「ウクライナの学校が好きだから。今の学校で5年間勉強してきて、5年間一緒の友達がいるからだよ」
ウクライナの地でずっと一緒に育ってきた友達との大切な時間は、引き裂かれたままです。
【ディーマくん】
「ウクライナにいた時は、授業中や休み時間にたくさん遊んでいたよ。友達と話したり遊んだりするのは、最高だし大切だよ」
いつ故郷に帰ることができるのか、今は全く分かりません。
大人も子供も、元の日常が戻ってくる日を待ち望んでいます。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年6月3日放送)