「不安と絶望と希望の中」で生きる 難病『ALS』患者 嘱託殺人事件で被告の元医師に実刑判決…患者の「死にたい」の裏にある意味とは 2023年12月19日
全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「ALS」。ALS患者である女性からの依頼で薬物を投与し、殺害した罪に問われている元医師の男に、12月19日、判決が言い渡されました。
亡くなった女性は本当に死を望んでいたのか。ALS患者たちの日々を取材しました。
■「不安と絶望と希望の中に置かれる」患者の望みとは
「屈辱的でみじめな毎日がずっと続く ひとときも耐えられない #安楽死 させてください」
SNSに投稿された、死を望む悲痛な声。これは、4年前に亡くなった林優里さん(当時51歳)のものです。
林さんに頼まれて薬物を投与し殺害したとして、2人の医師が逮捕・起訴された事件。元医師の山本直樹被告(46歳)の裁判は、19日に判決を迎え、懲役2年6カ月の実刑判決が言い渡されました。
山本被告は林さんが亡くなったことについて「自らの尊厳を達成したのだろう」と話し、起訴内容を否認しました。
亡くなった時、林さんが患っていたのは、「ALS=筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)」という病です。ALSとは、全身の筋肉が徐々に動かなくなる国指定の難病。突然発症し、未だに根本的な治療方法は見つかっていません。
医師によってALS患者の命が奪われた、前代未聞の事件。同じ病気で苦しむ患者の一人である増田英明さんは、この事件に関する全ての裁判を傍聴しています。
【増田英明さん】「私たちは『生きられない』という不安と『生きたくない』という絶望と『死にたくはない』という希望がごちゃ混ぜの中に置かれます。林優里さんの声は私たちの問題です」
亡くなった林さんは、本当に心から死を望んでいたのでしょうか。
■「言葉の裏にある意味」に寄り添う看護師
大阪・堺市にある訪問看護施設「地域ケアステーション八千代」。ALSをはじめ、多くの難病患者の支援をしています。
施設管理者の西尾まり子さんは、日本難病学会の認定看護師として、これまで多くのALS患者と関わってきました。
この日はALS患者4人の自宅を順番に訪問します。
【西尾まり子さん】「ALS患者の方4名ですね、朝から療養通所介護の送り出し、二人目は訪問入浴、3人目はヘルパーさんの吸引指導、4人目は奥さまのレスパイト(休息)を兼ねての訪問です」
診断からの平均余命が3年半と言われているALS。症状が進んでいくと、入浴などのさまざまな動きが一人でできず、介助が必要になっていきます。意識や思考能力はあるものの、体だけが動かなくなるのです。
西尾さんの介助を受ける患者の一人、Aさんは、7年ほど前にALSと診断されました。症状が進んで話すことが難しくなり、今はスマートフォンの音声機能を使って会話しています。
【Aさん】「2016年にALSと言われました。情報がなくネットで調べるしかなかったので調べるうちにショックでした」
突然、突きつけられた現実を、なかなか受け入れることができなかったAさん。
【Aさん】「子供が生まれたてなのと、仕事も乗りに乗っていたので、病気と診断された直後は意味が分からなかったですが、ネットで調べていくうちにどんどん不安にもなり、これから先どうなるんだろうと考えると、正直寝ている間に死んでも良いかなと思うこともありました」
【西尾さん】「進行が著明に出てきて、手足が本当に動きにくくなっている時とか、本当に痰が詰まって息苦しくなる時期とか、あらゆる場面で『呼吸器を外してほしい』とか、『もういっそ死にたいわ』というのはよく口にされます」
多くのALS患者の声を聞いてきた西尾さん。しかし、その言葉の裏側に本質があると考えています。
【西尾さん】「本当に死にたいではなくて、その言葉の裏には多分いっぱい意味があったと思うんです、絶対に。『死にたい』だけじゃなくてその4文字にはものすごく裏にいっぱいあって、助けてほしかったり、横にいて欲しかったり、本当に寂しかったりとか怖かったりとか、いろんな思いがあって。それで『分かった、なら殺してあげる』という。安易すぎて、どうしてそうなったんだろうって思うんです」
ALS患者を支える人たちには、一体何ができるのでしょうか。
■家族と思い出の場所へ…「幸せは見つけられる」
今年11月のある日、特別な1日を迎えた患者さんがいます。ALSと診断され、約4年が経った中井宏さん(65歳)です。
【宏さんの妻・晴美さん】「(宏さんは)あの窓から見える、あのコンクリートしか見てない。景色っていったら、ベッドの上やからね」
ベッドの上での生活のため、外の空気や自然を感じることができない宏さん。「大好きな海を見たい」という、宏さんの願いを叶えたいと、家族と看護スタッフで淡路島へ行くことになりました。
【妻・晴美さん】「今日を逃したら、いつ行けるか分からない」
体調を確認し、命をつなぐ呼吸器なども持ち運ばなくてはなりません。宏さんを部屋から出すだけでも6人がかりと、ひと苦労です。
【妻・晴美さん】「この人一人、外に出すのにもすごかったでしょ。あれだけの人の協力がないと外に出られないから。せっかくセッティングしてくださった、これでもし熱が出て何かあっても、この人後悔しないんです」
1時間ほどかけて淡路島に到着しました。淡路島は宏さんが子どもの頃、お父さんに連れてきてもらった思い出の場所です。
【西尾さん】「橋きれいね。大きいね」
【宏さん】「これは見る価値ある」
【西尾さん】「すごいね。どうやって作ったんだろう」
この日、海に行きたいという願いがかなった宏さんに、笑顔で話しかける晴美さん。
【妻・晴美さん】「お肉食べられるかな。(ハンバーグを宏さんの口に運んで)どうですか、ここで食べるハンバーグ。おいしい?」
青空の下で海を見ながらの食事を、家族で楽しんでいました。
【妻・晴美さん】「病気になったことはもしかしたら悔やんでいるかもしれないけど、この一瞬、今が感動して、今が嬉しくて楽しかったら、幸せかなって。病気になって幸せなことはないけど、その中で幸せを見つけられるんじゃないかな。幸せかどうかは他人が決めることじゃなくて、私が決めることでもなくて、この人が感じることがあれば」
Q.今日淡路島に来て、ご主人はどう感じていますか?
【宏さん】「幸せ」
【妻・晴美さん】「幸せだって。幸せ?(宏さんに尋ねて)良かったね」
【宏さん】「最高」
【妻・晴美さん】「最高、ありがたいね」
患者の気持ちに寄り添いながら看護を行う西尾さん。患者の「死にたい」という言葉に触れた時の思いを、次のように語りました。
【西尾さん】「『死にたい』って言われた時は『そうなんだね、そうやって思うよね』って言って飲み込んで、とりあえずこれしましょうかって、他のことに話をそらして。お散歩行きましょうかとか、マッサージしましょうかとか、ご本人の好きなことをさせてもらったりしていると、表情が揺らいできて、私のくだらない話でも笑ってくださるので。そうすると、そこには『死にたい』はないんですよね」
難病を前に、生きるか死ぬかではなく、どう生きたいかを選択する宏さん。そこには確かに、幸せの一つの形がありました。
(関西テレビ「newsランナー」2023年12月18日放送)