ウクライナの子供たちへ贈る「九九の歌」 慣れない日本での生活で言葉の壁も…教育支援で「学ぶことを諦めないで」 ウクライナにはない"九九"を避難した姉弟が歌う 2023年02月28日
ロシアがウクライナに侵攻してから1年が経ちました。
500万人以上のウクライナの子供たちが、十分な教育を受けることができない環境にあるとされる中、学びを諦めないでほしいと、日本で作られた歌があります。
■ ウクライナから避難の子どもたち 慣れない日々
【ヤンくん(9)】
「もう餌やりしていい?」
小さなガラスの花瓶の中を泳ぐ金魚に、エサをあげるヤンくん(9)。
母・オルハさん(44)と2人の姉と共に、侵攻が始まってすぐ、ウクライナの首都キーウから母親の友人が住む東京に逃れてきました。
ヤン君にとって日本での暮らしは、親の都合でも自分の希望でもありません。
一家は、不動産会社から、無償提供されたマンションの一室で暮らしていますが、期限は今年3月まで。
今は、生活費の支援も受けていますが、ずっと続くわけではありません。
【母・オルハさん(44)】
「子どもたちは言葉がまだわからないから日本の授業についていけないのです。子どもの将来が心配です」
オルハさんが最も心配しているのは、子供たちの教育です。
小学3年のヤンくん(9)と小学6年の姉・オリビアさん(12)は東京都内の小学校に通っています。
来日当初、昼間は日本の小学校に通い、夜はウクライナのオンライン授業を受けていました。
しかし、夜10時過ぎまで続く授業で家族の時間も無くなり、子供たちも体調を崩してしまったため、ウクライナのオンライン授業を継続するのは断念しました。
学校は姉弟のために、週に2日ほど授業に通訳を入れていて、日本語を学ぶ時間も設けました。
しかし、プライバシーの保護や安全上の懸念などの理由で、ウクライナの子供たちの情報は、学校間で共有されず、先生たちは手探りで姉弟と向き合っていました。
3年生の国語の授業。
クラスメイトが文章の要約にとり組む中、ヤンくんは1人、ひらがなの練習のはずでしたが、身が入らずノートの端に落書きをしていました。
【小学3年生 ヤンくん(9)】
「日本人は読むのがめちゃ早いの。すぐに問題を解いちゃうんだ。どうやってるのかわからないの」
祖国ウクライナを追われ、日本で暮らす400人以上の子供たちが今、ヤンくんと同じような時間を過ごしているのかもしれません。
■日本で通学するも…慣れない学校生活
休憩時間、ヤンくんと遊ぶ子供たち。
【クラスメイト】
「ヤンくん、待って待ってー!」
勉強だけのために学校に通っているわけではありません。ヤンくんにも新しい友達ができました。
でも言葉の壁が、心を隔てる時があります。
体育はヤンくんにとって一番好きな時間ですが、この日は、どこか浮かない顔。
鉄棒をするクラスメイトから離れて、1人ぽつんとしゃがみこんでしまいました。
先生が翻訳アプリを通して意思疎通を図ろうとしますが、スマートフォンは気持ちを翻訳してはくれません。
クラスメイトが心配そうに、ヤンくんに近づいて声をかけました。
【クラスメイト】
「何やってるの?一緒に鉄棒する?」
声をかけますが、ヤンくんはうつむいたまま何も話しませんでした。
【ヤンくんの担任 岩本圭一朗さん】
「言葉で『何があった?』というのがすぐ伝えられて、どんなことがあったか聞き取れたらもう少しスムーズに『あぁそうだったんだね』って、こっちも『じゃあこうしよう』ってできるんですけど、何をしたいのかがわからないので、悶々としながらヤンくん自身も戦っているのかなと思っています」
■ 学びを諦めない…母国語で教育支援
ヤンくんのような子供たちの学びをサポートするために、プロジェクトを立ちあげたのが、京都教育大学の黒田恭史教授です。
【京都教育大学・黒田恭史教授】
「ウクライナの小学2年生の教科書を見る限り、『リットル』がなかったんだよな・・・」
黒田教授はこれまでに、小学校の算数から高校の数学まで対応するウクライナ語の動画教材およそ600本をYoutubeに公開してきました。
翻訳を担うのは、ウクライナから避難した人や留学生で、1本あたり5000円が寄付金から支払われる仕組みです。
【京都教育大学 黒田恭史教授】
「やっぱりウクライナを今後再建していくためには若い力が絶対必要ですよね。教育っていうのが、止まると、その国の若い力っていうのがズドンと落ちちゃうんですよ。それを絶対に止めたい」
プロジェクトが始まってから1カ月後の去年5月。
東京で開かれたウクライナ避難民の交流会で、黒田教授が取り組む算数動画がヤンくん(9)とオリビアさん(12)にも紹介されました。
真剣にかけ算に取り組むオリビアさんですが・・・
【母:オルハさん】
「6×3は何になる?」
【オリビアさん(12)】
「6×3は27」
【オルハさん】
「違う27じゃない」
【オルハさん】
「オリビア、九九を忘れたの?ちゃんと勉強しなさいよ!6×3よ!」
「数字」はウクライナも日本も一緒。
しかし、ウクライナの授業で「九九」に割り当てられる時間は 日本の半分以下。
「ににんがし・にさんがろく」のように語呂よく覚える文化もウクライナにはありません。
3年生のヤン君は、クラスメイトのように速いスピードでかけ算の問題を解くことができません。
■ウクライナにない”九九の歌”を作る
去年11月、黒田教授は、「九九」でつまずくウクライナの子供たちのために、新たなプロジェクトを立ち上げました。
子供たちが歌いながら、楽しく九九を覚えられる「ウクライナの九九の歌」を学生たちと作ろうというのです。
侵攻が始まる前にウクライナからやってきた大阪大学の留学生 カテリーナさん(22)もメンバーに加わります。
【黒田恭史教授】
「3かける2は6を『サンニガロク』って言っていて、こうやって短くして、これを歌のようにして、ずっと最後まで唱えるっていう風にやっている。こういう語呂で覚える方法はある?」
【カテリーナさん】
「ないです。3×1とかだったら、トゥリ ポンノジュテ ナ オデン プデ トゥリです」
この日は、日本の学生も一緒に打ち合わせに参加しました。
ウクライナの言葉や、カテリーナさんの話は、九九の歌のリズムを担当することになった奥原実紅さん(22)にとって、初めて耳にすることばかりでした。
【奥原実紅さん(22)】
「ウクライナのことは、どうしても画面の中の話で、自分には程遠いじゃないですけど、どうしても現実味が湧かなかったんですけど、『近くにいるんだな』て、きょうお会いしたのもそうですけど、なんか一本の線の上、”世界線”の上にいて、同じ時間を生きている友達とか、家族とかとして過ごせたらいいなって思いました」
【カテリーナさん(22)】
「ほんとうに素敵な考え方や言葉をくださってありがとうございます」
カテリーナさんの父親は軍に召集され前線にいます。
母親と弟もドイツに避難し、また家族が揃う日がいつになるのか、分かりません。
理不尽に祖国を追われた子供たちに学びを諦めてほしくない―。
打ち合わせのあと、1カ月間、学生たちは試行錯誤しながらウクライナの九九の歌を紡いでいきました。
【黒田恭史教授】
「何でもそうですけど、1つ自信がつくと、後のこと、どんどんできたりしちゃうんですよね。何かの『きっかけ』なんです。それが九九で今回起こってくれたら本当にいいなと思っていますし、『分かった』『やれるんだ』という風な自信がついたら、やっぱり子供ってすごく変わりますから」
■九九の歌が完成 しかし・・・
去年12月、完成した「ウクライナの九九の歌」が、オリビアさんとヤンくんのもとに届けられました。
動画には、干支の動物のアニメーションと、日本語の九九も覚えてほしいと、数字の上にひらがなが書き加えられました。
放課後の教室のスクリーンに映し出される九九の歌の動画を眺める2人。
ヤン君、初めのうちは手でリズムをとっていましたが、だんだん表情が沈んでいきます。
【姉・オリビアさん(12)】
「ヤン、ヤン、ヤン聞いて、先生たちは、九九を一緒に歌ってほしいみたいなの」
【ヤンくん(9)】
「あぁぁぁ、家に帰りたいよ」
【姉・オリビアさん】
「ちょっと無理そう?もう一回歌える?無理そう?」
【ヤン君】
「やりたくないんだ。家に帰りたい」
覚えていない九九をみんなの前で歌うのは嫌だったのかもしれません。
ヤンくんは「動画は嫌い」と言い残して、教室を飛び出し、逃げるように帰っていきました。
■ヤンくんに変化 得意げに九九の歌を
それから1カ月後。
ヤン君、自宅でほぼ毎日「九九の歌」を練習していました。
【ヤン君】
「6×7は42、6×8は48、6×9は54」
苦手だった6の段を完璧に暗唱。
ヤン君は、得意げにカメラに向かって鼻を膨らませました。
【母 オルハさん】
「よくやったね」
歌い終わった後、ヤン君が紙に書き始めたのは、数字とウクライナの言葉。
夢中で書き終えた後、その紙を記者に手渡してくれました。
【ヤン君】
「これをあげる、プレゼントだよ」
紙にはウクライナ語の読み仮名を書いた”九九”が書いてありました。
【ヤン君】
「動画に、日本語の読み仮名を書いてくれたでしょ。ウクライナ語を勉強している人もいると思うから、覚えやすくするためにこれを書いたよ。ちょっとだけでも覚えてほしいな」
ヤン君が大きな声でウクライナ語の九九を読み上げます。
ウクライナから8000キロ離れた日本で、故郷の明日へと続く歌声が響いていました。
(2023年2月28日 関西テレビ「報道ランナー」放送)