出産後に心の不調が現れる「産後うつ」。
新型コロナウイルスの感染が広がる中、この「産後うつ」の傾向がある母親が以前の倍以上に増えているといいます。
子育ての現場を取材すると、コロナで孤立を深める母親たちの姿がありました。
■感染拡大の中「出産」…外出自粛で閉塞感が
大阪府箕面市に住む、谷口菜穂さん(34)。
3歳の恵麻ちゃんと生後8か月の杏実ちゃんの母親です。
杏実ちゃんを産んだのは、新型コロナウイルスの感染が広がっていた2020年8月でした。
【谷口菜穂さん】
「(新型コロナに)妊娠中にかかったら、(通院する)病院では産めないというのがあったので、めちゃくちゃ気をつかって。(家族の)立ち会いできないことがすごい不安で、ものすごい怖くて…」
2人の育児は、想像以上に大変でした。
夫が仕事で(家に)いない日中、感染への不安から外出を控える日々。
次第に閉塞感が募っていきました。
【谷口菜穂さん】
「ストレスたまります、すごい。外出てリフレッシュしたい、ずっと家の中にいたらすることもない。下の子ができて、自分が余裕がなくなったせいで、上の子をかわいがれないというか、上の子にイライラする頻度がすごく増えて。この2人はすごくいい子で自分の子に生まれてくれて、とてもありがたいのに、『なんでこんな自分ってだめなんやろう』と思って、めちゃくちゃへこむときはあります」
■母親たちの「居場所」も…コロナで中止に
母親たちを支える場も、コロナの影響を受けています。
(助産師 オンライン画面に向かいながら)
「聞こえるー? おはようございます!」
箕面市のショッピングモールの一角にある「キューズ子育てつどいのひろば」。
助産師たちがお話し会などを開いて、子育て中の母親たちの居場所作りに取り組んでいますが、感染拡大のたびに中止を余儀なくされています。
2021年1月からは、オンラインで活動を始めました。
【参加した母親たち “自分を満たす時間”について語り合う】
「(子どもが)寝たと思って、コーヒーを飲もうとお湯を沸かしてあと20秒ってときに(子どもが)「わー」って泣き出して…(別の母親たち『わかる~!』)なんで~って…」
「わたしも最近、子どもが寝なくて、(生後)5か月の子に『なんで寝ないの?!』って言っちゃう…(『わかるわかる!』)」
「こうやって言い合えるのが一番いいと思います」
「人に言えるのめっちゃ満たされる、人にしゃべることが‥」
【運営する「みのおママの学校」代表 谷口陽子助産師】
「今まで子育て広場とか色んなところに色んな行く場所があったんですけど、ことごとく閉鎖になった時に人と会う機会がすごく減っちゃって。『同じくらいの赤ちゃんの発達ってどうなのかな』とか『みんなはどうしているのかな』とか、全然分からなくて、すごく不安っておっしゃっている方もいらっしゃった」
こうした中、心に不調をきたす母親たちが増えています。
■「産後うつ」の傾向、通常の2.5倍に
去年10月、筑波大学の松島みどり准教授らが出産後1年未満の女性の心の状態を調査したところ、約4人に1人が「うつ」の傾向を示したことがわかりました。
通常は1割ほどとされ、その2.5倍にあたります。
大阪母子医療センターの光田医師は、そもそも出産後は精神的に不安定になりやすいと指摘します。
【大阪母子医療センター副院長 光田信明産婦人科医】
「(出産で)ホルモンの関係も大きく変わります。胎盤からは色んなホルモンが出ている。出産と共に赤ちゃんも胎盤もお母さんの体から出てくる。一気にホルモンの値が変わるわけです。そうしたときに心の不調をきたしてしまうと、うつ病あるいはうつ状態に結びついていく。人と接触ができない、孤立がいっそう進む、そういうことでお母さんの心の不調が加速してしまうという可能性は考えられる」
コロナで深刻化する「産後うつ」。
母親の孤立を防ぐには何をしたらいいのでしょうか。
■助産師に「涙を流しながら」話をする女性
(―2021年4月1日―)
(助産師たち)
「来た来た~!おはよ~!みーちゃん、背伸びたな~」
箕面市の「つどいのひろば」は4月1日、2度目の緊急事態宣言の解除を受けて、約4か月ぶりに対面での活動を再開しました。
その中に、涙を流しながら話をする女性がいました。
【谷口助産師】
「大丈夫?」
【中原光さん】
「何がしんどいかわからないことがしんどい。もっと一人で頑張っている人いっぱいいるのに…」
【谷口助産師】
「光ちゃんのペースでいいから、焦らなくて大丈夫」
2歳の栞ちゃんと一緒にやってきた中原光さん(33)。
栞ちゃんを出産したあと、うつ症状に苦しんだ経験があります。
【中原光さん】
「日々、自分のきもちを後回し後回しにしてしまうから、それがすごいつらいところなんだと思うんです。やらないといけないことに忙殺されている」
周りの人に助けてということができず、一時は「消えてなくなりたい」とまで考えるようになりました。
育児の救いになったのは、栞ちゃんと散歩をしていたときに立ち寄った「つどいのひろば」でした。
【中原光さん】
「ここにきたら『みんな通ってきた道だし』って笑い飛ばしてくれたり、一緒に泣いてくれたり。私だけがこんなにできないんやって思ってしまうことも、『そうじゃないよ』って言ってくれる。すごい嬉しい、ここがあって」
3カ月前には、第二子を出産。
今では自分の気持ちを素直に吐き出すことができるようになりました。
取材の後、今悩んでいる母親たちに伝えたい思いを寄せてくれました。
【中原光さん】
「産後は『助けて』『苦しい』とその時に声を上げることは難しい。夫でも家族でも友人でも、誰でもいいです。ありのままの素直な気持ちを受け止めてもらえたら、それだけで救われるのではないでしょうか」
【谷口陽子助産師】
「とにかく一人で頑張りすぎないで、一言『しんどい』って言うことで、何かちょっとでも楽になるかもしれない。手を伸ばしたらその手を握ってくれる人が近くにいるかもしれないので、抱え込まずに話してみてほしいとすごく思います」
人との接触が減る今だからこそ、抱え込まずに誰かに話すこと、そして、寄り添う気持ちが力になります。
■心の不調を見逃さないために…
出産前後の女性は、ホルモン変化などからブルーな気持ちに陥りやすく、「産後うつ」は誰でもなりうる可能性があるものと言われています。
筑波大学の松島みどり准教授らの調査(2020年10月)では、産後にうつの傾向が見られても、抑うつ状態であると認識していた母親は約3分の1で、半数以上が自覚がなかったことも分かりました。
大阪府妊産婦こころの相談センターによると、「不安がいっぱい」「急にイライラする」「何もする気にならない」「なぜだか涙が出てしまう」「子供が可愛いと思えない」など、妊産婦に現れるこうした症状は「産後うつ」の兆候のサインだということです。
「おかしいのかな」「自分が悪いのかな」など自分を責めたり悩んだりする前に、抱え込まないで相談をしてほしいと話しています。
周囲が産後の母親とどう関わればいいのか、大阪母子医療センターの和田聡子看護師長に伺うと「出産をやり遂げた母親をほめて、応援者ということを伝えて。母親を優先するくらいの気持ちで周囲はケアをすることが赤ちゃんを大切にすることに繋がっている」と話しました。
■利用できる行政の支援「産後ケア」 周知を
家族などから十分なサポートを受けられず、心身の不調や育児に不安などを抱える母親には行政の支援もあります。
専門スタッフが体と心、育児のサポートを行う「産後ケア」。
各自治体で行われていますが、例えば、大阪市では対象が産後1年未満の母親と乳児で、デイケア(通所型)は1日2食付き、午前10時~午後7時まで利用できて、2.000円。
ショートステイ(宿泊型)は1泊2日(5食付)で利用料は6,000円。(その後1日ごとに3.000円増)。
(利用は、ショートステイ、デイケアそれぞれ7日まで)
利用には条件があるものの、地域の保健師や保健センターに相談してほしいとしています。
「産後ケア」をめぐっては、この4月から各自治体が産後ケア事業を行うことが努力義務として課されました。
厚労省によると、2020年に産後ケア事業に取り組む自治体は7割に満たない状況もあります。
そもそも全国の各自治体でサービスが受けられる環境を整えること、そして「産後ケア」事態の周知も求められています。