無罪続出のSBS裁判…何が問題に?
揺さぶられっ子症候群(通称“SBS”)をめぐる刑事裁判で「逆転無罪」が相次いだ。
今年2月6日、大阪高裁で生後1カ月の長女を揺さぶって虐待したとして一審で有罪判決を受けた母親に「逆転無罪」が言い渡された。
去年10月にも、生後2か月の孫を揺さぶって死亡させたとして一審で実刑判決を受けた祖母に「逆転無罪」が言い渡されている。
さらに、今年2月7日にも、東京地裁立川支部で、生後1カ月の長女を揺さぶって死亡させたとして起訴された父親に「無罪」判決が言い渡された。
2018年3月以降「揺さぶり」を否定する無罪が続出しており、有罪率99%以上とされる日本の刑事裁判で驚異の無罪率となっている。
「揺さぶり虐待」事件は、乳児に目立った外傷がなく、疑われた当事者も虐待兆候が見られないケースがほとんどだ。
乳児の症状から受傷原因を探っていくことになるが、医学的な知見が必要になるので、児童虐待に詳しい医師に意見を聞きに行くことが捜査の中心となっている。
裁判でも、児童虐待に詳しい医師の「SBSの可能性が高い」といった診断が判断の決め手になってきた。
いま問われているのは、この医師の診断に医学的根拠が十分にあるのかどうかだ。
去年10月の高裁判決…「SBS理論による危うさ示している」
注目すべきなのは、「逆転無罪」を言い渡した2つの大阪高裁判決が、虐待を第一に考える「虐待ありき」の捜査・診断に対し、苦言を呈する異例の内容になっているということだ。
去年10月の大阪高裁判決は、検察側医師がSBS診断の根拠としてきた「SBS理論」の適用について、厳しくけん制した。
SBS理論とは、急性硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫の3つの症状があれば、激しい揺さぶりがあった可能性がきわめて高いと診断できるという考え方だ。
村山浩昭裁判長は、「本件は、一面で、SBS理論による事実認定の危うさを示してもおり、SBS理論を単純に適用すると、機械的、画一的な事実認定を招き、結論として事実を誤認するおそれを生じさせかねない」と述べている。
この裁判では、二審で「病死の可能性」が判明しており、しかも、検察側医師が存在を強調していた3つの症状の一つ「急性硬膜下血腫」の存在さえ確定できないと判断されている。
3つの症状の確認を先行させ、「揺さぶり虐待」があったはずだという「先入観」で捜査を進めているのではないか。そして、SBS以外の可能性(病気や事故による可能性)を安易に否定してしまっているのではないか。
この判決は、こうした「虐待ありき」の捜査や診断に警鐘を鳴らしていると理解すべきだろう。
2月6日の高裁判決…「医師の見解に厳密な審査を」
2月6日の母親に対する大阪高裁判決の判断は、「医師の見解には厳密な審査が求められる」と異例ともいえる言及から始まった。
「逆転無罪」の大きな決め手となったのは、検察側証人の小児科医が、一審判決の根拠となった重要な証言(小脳テントの血腫)を二審で撤回したことだった。
検察側証人の小児科医も、「オーバー気味の読影だった」ことを二審の法廷で認めている。
西田眞基裁判長は、「本件で有罪を導く推認の最も重要な基礎となるCT画像の読影に誤りがあったことを自認するものであり、到底見過ごすことができない」と厳しく指摘した。
西田裁判長が「厳密な審査が必要」とあえて宣言したのは、「虐待ありき」の姿勢に基づく診断に依拠してきた捜査機関(そして、それを追認してきた裁判所)に対して、苦言を呈したものと理解すべきだろう。
検察側医師の証言「撤回」なぜ?…背景に「真の専門家」の登場
ところで、検察側証人の小児科医は、なぜ二審で証言を変更したのだろうか?
二審での医師の証人尋問は、同じ日に、検察側証人と弁護側証人が何度も入れ替わりながら法廷に立つ形で行われた。
西田裁判長が、医師の証言を聞き比べて判断したいと考えたからだという。
弁護側証人として法廷に立ったのは、小児脳神経外科の朴永銖(ぼく・えいしゅ)医師。
朴医師は、「CT・MRIの見方にもっとも詳しいのは脳神経外科医。裁判の場で、脳神経外科医の常識と合わない意見が通っている」と危機感を持ち、「最近は、検察側・弁護側のどちらからでも積極的に証言台に立つようにしている」と話す。
二審の証人尋問の日、朴医師が最初に証言台に立ち、自らの経験を基に小脳テントの血腫を明確に否定した。
その直後、証言台に立った検察側証人の小児科医は、「(小脳テントの血種は)別に削除しても問題はないかなと思っています」と話した。
証言を変更した真意は推測するほかないが、「脳の専門家」を前にして自らの診断が揺らいだのかもしれない。
これまで意見を聞きに行くのが「虐待に詳しい医師」に傾き過ぎたという反省もあったのか、ここにきて捜査機関も脳神経外科医に意見を求める機会を増やしているようだ。
朴医師のところには、全国の警察・検察が日常的に意見を求めにやってくるようになったという。
「真の専門家」の登場により、SBS捜査が今後どのように見直されていくのか、見届けていく必要がある。
(関西テレビ報道センター記者 上田大輔)