7月5日午前10時過ぎ、堺市から「子ども虐待検証部会」の検証結果を公表するとの連絡が入った。
前日夜からの宿直勤務を終えた私は、眠い目をこすりながら午後2時から会見が開かれる堺市役所に向かった。
当初から取材する記者の一人として検証結果をいち早く知りたかった。
2019年12月27日。この日を境に堺市で暮らす4人家族の生活が一変した。
両親が朝起きると、当時2歳の長男の首まわりの3分の2ほどに、細い線上のケガの痕が見つかった。
両親には心当たりがあった。
就寝中に母親の髪の毛が長男の首に絡まっていて、父親がそれを引っ張ってほどくという出来事があったからだ。
長男はすぐに泣き止んで眠りについたため、両親もそのまま就寝した。
翌朝、首に痕が残っていて驚いたが、この日は保育園登園の年内最終日。
痛がる様子もないため、母親は保育園に痕ができた状況を伝えた上で長男を登園させた。
夕方、母親が保育園に迎えに行くと、長男の姿はなかった。
保育園は念のため市に報告。
市から児童相談所に連絡がいき、児童相談所が一時保護していた。両親は、長男の居場所も教えてもらえなかった。なお、保育園は児童相談所に「両親の養育で心配なことはなかった」と報告している。
この日から5カ月近く長男と一度も会えず、再び家族4人で暮らせるまでに1年がかかるなんて、両親は夢にも思わなかっただろう。
■虐待を疑わせる事情は何一つ示せていない児童相談所
私が両親と初めて会ったのは、まだ長男の保護が続いていた2020年8月。
「とにかく危険だからと言って会わせてもらえなかった。せめて見捨てていないと長男に伝えたかったけど、その機会すら認めてもらえなかった」という。
2歳半になれば言葉もどんどん出始めて、とにかくかわいい時期だ。
親をしっかり認識できるようにもなっている。
突然親から引き離して、一度も会わせないのは、子どもにとっても親にとっても残酷だ。
行政機関がここまでの大きな人権制約を行っている以上、児童相談所も明確な根拠を揃えているのだろう…。
私は、はやる気持ちを抑えながら、両親の裁判資料などを読み込んだ上で、関係者への取材を進めていった。
しかし、両親や祖父母が長男をかわいがり、大切に育ててきたことを示す証拠がいくつもある一方で、児童相談所からは首にケガの痕があったこと以外に両親の虐待を疑わせる事情は何一つ示せていないように思われた。
どう考えても髪の毛による偶発的な事故だったとしか考えられなかった。
今年2月、堺市子ども相談所の所長を訪ね、長期にわたる面会制限、親子分離が必要と判断した根拠や理由について何度も質問した。
しかし、明確な答えは返ってこなかった。
■「子ども虐待検証部会」による検証は不十分
ようやく迎えた「子ども虐待検証部会」の検証結果公表。
第三者による検証ならば、その理由が明らかにされるに違いない。
私はそう期待して、記者会見室に入った。
記者会見の前半、検証部会の才村純部会長は、当初の2カ月間の一時保護は妥当だったが、一時保護の延長や長期の施設入所の審判(いわゆる28条審判)の申し立ては不要だったとしたうえで、「保護者との面会を長期間制限しなければならない明確な理由は見受けられず、対応の柔軟性が必要だった」と話した。
長期の親子分離が不要だったことや、5カ月近い面会制限に理由がなかったことが第三者の検証によってようやく確認された意義は小さくない。
しかし、問題は児童相談所がなぜ今回の判断に至ったのかだ。
今回のケースで目立つのは、一時保護の後に次々と集まってきた証拠を前にして、適切に評価も判断もしないまま、最初の「虐待の可能性」という見立てに固執し続けた児童相談所の姿だ。
ここに問題の本質がある。
私は児童相談所には、判断を見直すタイミングは少なくとも4度あったと考えている。
以下、順を追って見てみよう。
(1)2020年2月、両親から鑑定を依頼された法医学者の鈴木廣一教授が、児童相談所と面談し、海外で報告されている「ヘアターニケット症候群」の症例であり、髪の毛がからまって起きた事故であると説明。
(2)2020年4月、捜査機関が児童相談所に「事件性は極めて低い」と説明。
(3)2020年4月、大阪高裁が児童相談所からの一時保護延長申立てについて決定。「一時保護を行う必要があるといえるだけの事情は認められない」と判断。(決定前に児童相談所が28条審判を申し立てたため、結論としては両親側の抗告を却下)
(4)2020年5月、児童相談所からの依頼で1月に鑑定を行った法医学者の近藤稔和教授が、長男の一時保護が継続していることを知り、児童相談所に「家庭に戻す方向で考えるべき」と進言。
結局、児童相談所は、上記のどの段階においても、自らの判断を見直そうとはしなかった。
それはなぜか。
会見後半、才村部会長は、「簡単に虐待か虐待でないか結論は出せない。それ以外に、関係性の改善、早期に面会できる手当を考えるべきだった」と話し、その後も、「虐待と事故、どちらの可能性が高かったのか」という記者の質問について「分からない」という説明に終始した。
これでは、児童相談所がどの段階でどのような対応をすべきだったのかは具体的に見えてこないし、再発防止策にもつながらない。検証として不十分だと感じた。
会見の途中、検証報告書に目を通していると、気になる記載を見つけた。
今回の検証が、「一時保護中、長男の写真の提供が行われなかった」ということを前提にしている点だ。
児童相談所から両親に写真提供がなかったというのは事実ではない。
2020年2月、児童相談所と両親との面談の日、両親は児童相談所の担当者から長男の写真を示された。
両親はその写真を見て驚いた。
そこに写る長男の目元や頬などにはケガの痕があった。
児童相談所職員からは、「一時保護中にできた傷で、職員が見ていない間にできたケガも含まれる」と説明されたが、真摯な謝罪はなかったという。
私は、検証の前提となる事実に誤りがあるのではないかと質問した。
才村部会長は「記憶にない」という。
それからしばらくして、市の担当者が「写真提供はあった」と訂正した。
結局のところ、児童相談所にとって都合の悪い情報は検証部会には提供されていないのかもしれない。
釈然としない気持ちを抱えたまま会見場を後にした私は、父親に検証結果をどう思うか尋ねた。
「検証報告書は当たり前のことが書かれているだけですよね。児相が虐待だと決めつけ続けた対応しかできなかったのはなぜなのかが全然分からない。これで納得しろと言われても難しいです…」
今回の検証で児童相談所のヒアリングが行われた一方、両親のヒアリングは行われていない。
こうしたプロセス一つとっても、父親が納得できないことは当然のように感じられた。
自宅に戻った長男は、両親と少しの時間離れることを極度に恐れたり、児童相談所の職員の名前を聞くと怯える様子を見せたりすることが続いたという。
子どもの安全を優先することに異論はない。
しかし、今回のようなケースで長期の親子分離や面会制限を続けることが、「子ども」のことを優先したことになるのだろうか。
家族が一緒に暮らせなかった時間は二度と戻ってこない。
「問題の本質」を検証しない限り、同じことが繰り返されるように思えてならない。
(関西テレビ放送記者 上田大輔)