「娘と僕は本当の親子。僕は『無実』です」 2歳の義理の娘『虐待死』など問われた父 『逆転無罪』勝ち取る 12年の実刑判決から3年8カ月 【今西事件】 2024年11月29日
2歳の義理の娘は、父親による暴行で亡くなったのかそれとも突然死だったのか。
21人の医師が証言台に立って死因が争われた注目の裁判で大阪高裁は28日、一審で懲役12年の実刑判決を受けた今西貴大さん(35)に逆転無罪を言い渡しました。
およそ5年半にわたる大阪拘置所での勾留が続いていましたが、ことし7月に異例の保釈決定が出て自宅に戻り4カ月。ようやく勝ち取った逆転無罪でした。
主文で「一審の有罪部分を破棄する。被告人は無罪」と告げられた瞬間、目を真っ赤にさせ、ハンカチで涙をぬぐった今西さん。
■「娘と僕は本当の親子として過ごしてきた。逮捕で幸せな生活のすべてが破壊された」
28日午後3時10分すぎから会見に臨み「娘と僕は本当の親子として過ごしてきた。逮捕されたことで幸せな生活のすべてが破壊されました。判決の主文は『無罪』でしたが、僕は『無実』です」と語りました。
■「『うっ』となって!息してないです!早く来てください!」
ことの発端は、2017年12月の夜、今西さんが当時2歳の義理の娘と大阪市東淀川区の自宅で遊んでいた時のことでした。
娘が突然苦しみだし、呼吸が停止。
「『うっ』となって!息してないです!早く来てください!」
今西さんは119番通報の際、慌てた様子でこう説明していました。
■病院は虐待を疑い通報 逮捕・起訴されたのは『最後に一緒にいた』父親
病院に運ばれた娘は、体に目立ったケガはありませんでしたが、頭の中で出血が確認されたことなどから、病院は虐待を疑い通報。
娘は意識が戻ることはなく、7日後に死亡しました。
最後に一緒にいた今西さんが傷害致死罪などで逮捕・起訴され否認し続けた今西さんは拘置所生活が続くことになりました。
■『暴行』か『病死』か 1審の地裁は懲役12年の実刑判決
1審では、13人の医師が法廷に立ち、希愛ちゃんの死因が揺さぶりなどによる暴行か病死かが争われました。
大阪地裁は「損傷は脳の深い部分にある脳幹を含んでおり強い外力がないと生じない」などとして懲役12年の判決を言い渡しました。
■「こんなやってもないことで、こんなことになるなんて…ありえへん…」
今西さんは拘置所内で毎日つけていた日記にその時の心情を綴っています。
「こんなやってもないことで、こんなことになるなんて…ありえへん…」
今西さんは控訴しました。
【川崎拓也弁護士】「無実と無罪は違う概念で、本当の無実の人が無罪になるとは限らない」
2審は、ことし5月に結審。 そして2カ月後の7月、再逮捕後、退けられ続けてきた今西さんの保釈請求が認められたのです。
■超異例の保釈決定
一審で長期実刑判決を受けているにも関わらず、判決直前に保釈が認められる異例の決定で、逆転無罪の公算が高まっていました。
ただ、GPS装着による行動把握などの保釈条件で、今西さんの生活には制限があることは変わらず、今西被告は希望と不安な気持ちのまま、ようやく28日の判決を迎えました。
■「今西さんが身体的虐待を加えていたことを示す事情は見いだせない」高裁は逆転無罪
【大阪高裁(石川恭司裁判長)】「一審の有罪部分を破棄する。被告人は無罪」
判決で大阪高裁は、傷害致死罪について「頭に外力によるケガの痕を残さず、脳の深い部分に損傷を与える方法について、どうやったらそれができるのか。その機序・程度について科学的に説明する必要がある。検察がその具体的立証をともなって、はじめて暴行を推認できる。しかし、その立証はされておらず、外力を認定することは困難。一審判決は論理の飛躍があり、死因が外力か内因かに立ち入るまでもない」などと指摘。
また、「今西さんの供述や女児の母の証言を通じてみても、今西さんが身体的虐待を加えていたことを示す事情は見いだせない」として無罪を言い渡しました。
法廷で目を真っ赤にしながらハンカチで涙をぬぐった今西さん。
■「本当の親子として過ごしていました。娘が亡くなって、僕が逮捕されたことで幸せな生活のすべてが破壊されました」
判決を終え、午後3時10分過ぎから臨んだ会見で思いを語りました。
【今西貴大さん】「希愛と僕は、本当の親子として過ごしていました。希愛が亡くなって、僕が逮捕されたことで幸せな生活のすべてが破壊されました」
「裁判を通じて、警察・検察が見落としていた『心筋炎』など、希愛が亡くなった本当の原因を見つけることができました。今は、真実がわかったことに安堵しています」
■「判決の主文は『無罪』でしたが、僕は『無実』です」
「判決の主文は『無罪』でしたが、僕は『無実』です」
「いわれなき罪を着せられ、刑事裁判の当事者となった僕は、人質司法、当事者に対する偏見、そして揺さぶられっこ症候群をめぐる非科学的な医学鑑定など、日本の刑事司法が抱える問題点を表と裏との両方から経験しました」
「約4年前、本日と同じ201号法廷で有罪判決を言い渡されたときは、人生のどん底に突き落されました」
■「独房で過ごした5年半。挫けずに闘い続けて良かった、と実感しています」
「このような刑事司法の暗闇を経験する人をこれ以上増やしてはいけない、そのためには僕も力をつけて控訴審を闘わなければならないと思い、拘置所の独房で法律を勉強しました」
「気がつくと、僕の無実を信じてくださる仲間がたくさん増えていました。そして、みんなで一緒に無罪判決に向かって一歩ずつ歩いてきました。独房で過ごした5年半。挫けずに闘い続けて良かった、と実感しています」
「今日、皆様と一緒に無罪判決を聞くことができて、本当に嬉しいです。法廷に座っている間、傍聴席からの暖かい気持ちを心で感じていました。きっと”桜咲く”と思い続けた6年間。うれし涙を一緒に流そうといった皆様との約束を、ようやく果たせました」
「支援をしてくださった支援者の皆様、学生の皆様。そして、弁護団の先生方。信じてくださってありがとうございました」