漆器、提灯、墨… シリコンバレーからやって来た起業家が日本の伝統工芸品に新たな息吹 「伝統工芸を何とかしたいって言う人は多いけど、あの方たちは…」職人たちの本音とは 2023年05月31日
存続が厳しい日本の伝統工芸の世界に、アメリカ・シリコンバレーのIT業界で活躍していた起業家が飛び込みました。生み出したのは、伝統工芸品に海外目線のアイデアを加えるビジネスモデル。日本の伝統を守る新たな一手となるのか、取材しました。
■日本の伝統工芸品を海外向けにプロデュース
京都・東山の小さな路地にある工芸品店「Pieces of Japan」。日本語に訳すと、「日本のかけらたち」という店名です。その店内には、日本の伝統工芸品を海外向けにプロデュースした品々が並んでいます。
【小山ティナさん】
「これは元々お坊さんが袖の中にいれて、精進料理を盛ってもらう器です。伝統的な形なんですけど、漆器は漆のツヤツヤで木工かプラスチックか分からないものだったが、うちはマットで、木地が見えるものにしました。西洋の家はめちゃくちゃ明るいので、ツヤツヤのものよりマットなものが合うんですね」
ブランドを立ち上げたのは、スイス生まれの小山ティナさん(38)。
日本の伝統工芸品がもつ“魅力”を大切にしながら、小山さんのアイデアを取り入れて、職人さんと新たな商品を開発しています。
主に欧米圏のニーズにマッチするように工夫を凝らしています。これまで50ほどの商品を生み出し、ネット上で販売してきました。
【小山ティナさん】
「伝統産業は、実際に右肩下がりで代々続けていけないのが現状。それは日本国内で支えられていないのが現状であるから。国内で支えられないなら海外に行くしかない」
この日は、京都の提灯屋さんで、海外向けの照明づくりの打合せです。
【小山ティナさん】
「こんにちわ、失礼します。面白い文字」
【六代目 栁瀬憲利さん】
「これね、御神燈(ごしんとう)っていう文字。色々な書き方があって」
200年続く老舗の6代目、栁瀬憲利さん(60)。これまでお祭や神社仏閣の提灯を作ってきましたが、小山さんと一緒に初めてインテリアの照明を作ろうと模索中です。
屋外で使う提灯を室内で使うため、明るさが課題だということで、試作品を仕上げました。
【六代目 栁瀬憲利さん】
「竹骨で考えて、いろいろこしらえてみた」
【小山ティナさん】
「すご~い」
【六代目 栁瀬憲利さん】
「これは目が細かすぎる。祭りの提灯」
【小山ティナさん】
「お祭りはこんなに細かいんですか?」
【六代目 栁瀬憲利さん】
「丸提灯は細かいですね。目が細かいと明かりの漏れが少ないので、ちょっと暗く感じる」
【小山ティナさん】
「ベッドサイドに良いですね」
栁瀬さんとのコラボ提灯の照明が温もりのある空間を演出します。天井の高い海外の住宅では、形の違う提灯を組み合わせることも。“和”の技術を取り入れて、モダンな空間が生まれました。
■職人の後継者不足が課題
「美濃利 柳瀬商店」は江戸時代から京都のお祭りを支えてきましたが、職人の後継者不足など、課題を抱えながら伝統をつないでいます。
【六代目 栁瀬憲利さん】
「コロナのこともあるんですよね。祭りの提灯とか全く出なくなったこともありまして、そういう時に他の分野を考えないといかんなと考えさせられて。いろいろ、夢が出てきてね。作ってみようかなって」
伝統工芸品のバイヤーをしていた母のもとで育った小山さん。4年前までは、アメリカ・シリコンバレーのツイッター社に勤務し、アプリの開発をしていました。しかし、35歳のとき、一念発起。
【小山ティナさん】
「当時私がテック業界(IT)にいた時に、この会社を作るきっかけとなった事があって。友達が自分のアプリで3億円くらい(資金)調達したんです。この3億円を日本の伝統業界に持っていけば何人の職人さんが代々続けていけるんだろうって思った瞬間、お金の流れを日本に作れないのかなと思って」
立ち上げたオンラインショップは欧米圏から大好評で事業を拡大。
コロナ明けのインバウンドを見込んで京都にショップをオープンしました。
お店では、欠けたり、割れたりした食器を漆で修復し、金箔で装飾する金継ぎ教室も開いています。
「長く大切に使う」ことを大事にしていて職人さんへのリスペクトも決して忘れません。
■“墨”に色や香りをつけた書道セットを海外向けに開発したい
続いて小山さんが新商品を開発するため、訪れたのは…
奈良県奈良市にある「錦光園」です。
【錦光園 七代目 長野睦さん】
「本来の色はもっと黒いが、灰の中に入れていたので白っぽい粉が付いている。これを水で洗って表面乾かして、しっかり磨いてでき上がる」
小山さんが目を付けたのが墨。書道で使う“墨”に色や香りをつけた書道セットを海外向けに開発したいと考えています。
【小山ティナさん】
「ギフトショー(見本市)で色墨を見て、かわいいなと思っていたんです。そこで「奈良墨」って書いてあったから、直接、奈良墨の職人さんを見つけ出して。色合いの濃いものとか、うちのブランドにあったものを作れたらいいなと思って」
小山さんのアイデアに賛同した長野さん。早速、試作にかかります。
煤(すす)に、膠(にかわ)と香料を混ぜるのが、墨の伝統的な製法です。
【錦光園 七代目 長野睦さん】
「最終的に見た目の色を重視するのか、すった時の色を重視するのかで変わってくる」
Q:見た目よりも、すった時の色を想像して作るのは難しい?
【錦光園 七代目 長野睦さん】
「煤とかを混ぜ合わせてある程度は分かるんですけど、普段は黒ばっかりで色系を扱ってないから想像がつかないところがあるんですけどね。やれないことはなさそう」
成型した墨は乾燥させて、完成までには3~4カ月ほどかかります。国内シェアの9割を占め、1300年の歴史をもつ奈良墨。
現在は書道離れや需要の低下から、苦しい状況となっています。
【錦光園 七代目 長野睦さん】
「このまま放っておくといくらでも下に落ちていく産業。残していかないといけない、大事ですと言われても、こっちはそれ以前に(商品を)作っても食べていけないからなくなるわけです。こういった活動が表にでて、新しい商品が出ていく中で、墨のことを知ってもらうとか興味持ってもらうきっかけになるんじゃないのかな」
ことし3月。
【小山ティナさん】
「すごい!色変わってる!あ~めっちゃいい感じ! PRETTY! NICE!」
今回、様々な試作を重ね、黒・青・赤・黄色の4色セットの色墨と、キンモクセイ・ヒノキなどの香り付きの墨を制作。
半紙や硯をつけた習字セットを、2023年秋ごろから販売する予定です。
【小山ティナさん】
「今回300個?絶対300個売れると思う」
【小山ティナさん】
「うちは何を作るにも長期的にお付き合いしていきたいので、これからちょっとでも需要が増えるといいな」
【錦光園 七代目 長野睦さん】
「伝統工芸とか、伝統産業を何とかしたい、そういう意識をもって、(職人との)間に入られる方って非常に多い。しょっちゅう連絡くる。今回いいなと思ったのが、あの方たちは基本的に言うだけじゃなくて、行動に起こして、いつまでに何百個作って、買い取りじゃないですか。そこまではっきり約束して下さっている。いやらしい話でもなく、生々しい話でもなく、作り手としてはそこがすごく一番大事。ましてやこういう業界だと」
■海外目線の発想で日本の伝統を支える
【小山ティナさんの今後の展望】
「まずは教えてもらいます。どういう風に作られて、どういう技術・どういう所が大事。職人さんに今後どうしていきたいか必ず聞く。向こうが目指しているところと、我々のアイデアあるところがマッチすれば必ずいい方向に進むと思う」
海外目線の発想で、日本の伝統を支える。日本人が見過ごしている魅力は、まだまだたくさんありそうです。
(関西テレビ「newsランナー」2023年5月29日放送)