現在国会ではお金の使い方について、いろいろな議論がされています。その中で、岸田総理が掲げる「異次元の少子化対策」「子ども予算倍増」について、推進すべき政策なのか、予算を倍増するにしてもどこにお金をあてるべきなのか、これらの点についてみていきます。
少子化について経済学の観点から研究されている、東京大学大学院経済学研究科・山口慎太郎教授に伺っていきます。「児童手当の所得制限撤廃」については、各政党賛成の方向ですが、これについても山口教授に伺います。
■子育て支援は社会全体にとって利益
まず大前提として、山口教授は「子育て支援は、社会全体にとって利益」になることだと言います。「社会保障財源確保」や「労働所得増加」につながるとのことです。
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「子育て支援には大きく2つの役割があると思います。一つはよく言われる少子化解消、出生率の引き上げです。これは長期的に、社会保障財政の改善につながっていくわけです」
「同時にもう一つ、子供たちの健全な発達に寄与するという大事な役割もあります。子供が発達するというのは素晴らしいことです。そこにとどまらず、長期的に子供が大人になってから、いい仕事に就ける。例えば非正規ではなく、正規で仕事に就けることになるとか。子育て支援によって、高校卒業率が上がる、大学進学率が上がるといった形で、本人の労働所得の増加につながるということが分かっています。労働所得が上がると、将来的に政府の税収が増えるわけですし、社会福祉への依存も低下する。ですので国家の財政にプラスの影響を及ぼすと長期的に期待できます」
お金がかかる政策ではありますが、「子育て支援」をすることによって、子供たちが将来たくさん収入を得られるようになり、貧困対策になる。そして成長した子供たちが税金を納めれば国も潤う。社会保障もうまくまわるというのです。
日本の子育て支援にかけるお金ですが、GDPに対して1.79%となっています。先進国の中でかなり低い水準。トップクラスのフランスの約半分です。これを倍増することができれば、「いい投資」となるのでしょうか。
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「その通り(いい投資)です。子育て支援にかけるお金はすごい金額ではあるのですけれど、消えて無くなってしまうものではなくて、将来の日本を豊かにするための投資だと捉えるべきです」
■現金給付はコスパが悪い
ただ観点を“少子化対策”に絞ったときに、現金給付はコストパフォーマンスが悪いと山口教授はみていて、「女性の負担軽減を狙い撃ちすべし!」と主張します。現金給付は児童手当を含むものとなりますが、現金給付はコスパが悪いということは、お金を配ってもそんなに子供は増えないということなのでしょうか?
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「増えるには増えるのですが、そんなに大きくは増えない。児童手当のような現金給付は世界中の先進国で行われていまして、いろいろな研究結果が出ていて、大体どれくらい増えるのか、先進国に共通した数字がある程度分かっています。それによると、現金給付を10%増やすと、出生率が1~2%上がるということが分かっています。日本の場合で言うと、国全体で10%増やすとすると、1300億円くらいの財政支出になります。その結果、今1.3である出生率が、1.31~1.32に上がるという規模感になります」
1千億円以上かけて、現在の出生率1.3が1~2%上昇する、つまり0.013~0.026増えることになるといいます。政策としてはあまり筋が良くないことになるのでしょうか?
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「そうです。支援自体はいいことだと思いますが、他のお金の使い道のほうがいいかもしれません」
日本の児童手当の現状をあらためて整理すると、年齢ごとに金額が違っていて、さらに所得制限があります。この所得制限をなくしていこうと議論がされていますが、ある程度高い収入がある人の児童手当を増やしても、効果はないとみられるのでしょうか?
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「そうですね。出生率ということで考えると、あまり効果は期待しない方がいいと思います。ですが、子育て支援を国がしっかり応援していくのだというメッセージになるでしょう。あるいは低所得の世帯に対して、今お金がなくて困っている家庭を支える意味はあると思います」
福祉の観点や、「子供は社会全体で育てるのだ」というメッセージ性については一定の評価がされますが、少子化対策としてこのお金の使い方は、根拠がないというのです。
ジャーナリストの柳澤秀夫さんは「手当や現金給付というとき、たいがいそのあとに選挙が控えている。今年4月には統一地方選挙がある。お金は誰でももらってうれしいもの。本当に少子化対策を意識したものなのかどうか。目先の人気を集めるための手段に使われているのではないかと勘繰りたくなる」と言います。
■「もう一人子供を」とはならない理屈
理屈として、手元のお金が増えても、「もう一人子供を産もうか」とはならないのはなぜなのでしょうか。
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「日本も含めて、多くの先進国で共通しているのですが、お金が増えた場合にどういうふうに使うかというと、子供一人当たりの教育費をかける方向に使ってしまうのです。習い事ですとか、塾ですとか。そういったことにお金を使って、一人の子供を育てるのにかかるお金がどんどん増えるのだけれど、増えたお金で子供を増やそうということにはなかなかなっていないですね」
現在の日本の児童手当は世界的に見て少ないのでしょうか?子供を希望通りに産めない人にアンケートを取ったときに、一番多い理由は「お金が足りない」ということなので、十分なお金があったら子供を産む人がいるのではないかと思われます。広く薄く配っても、あまり少子化対策の意味はないというイメージになるのでしょうか?
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「お金を配るという方法以外にも、必要なサービスを無償で提供する。例えば給食費を無償化するとか、そういうやり方もあると思います」
山口教授は「女性の負担軽減を狙い撃ちすべし」と言い、具体的には保育環境の整備などが女性の負担軽減になり、児童手当よりも有効だとみています。保育園の無償化、利用資格を緩和して保育園に子供を預けやすくするとか、待機児童を解消するといったことですね。この辺が効果的だというのはどういうことなのでしょう。
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「児童手当よりも、女性の負担を減らすことが有効だと最近の経済学の研究で分かってきました。夫婦間で子供を持つことについて、例えば夫は子供を持ちたいと思っていても、妻が反対する場合が少なくないことが分かってきています。なぜ妻が反対するのかというと、子供を持ったら楽しいことがいっぱいあるかもしれないけれど、その後の育ての負担は私に来るじゃない。ということでなかなか子供を持つことに前向きにならない女性が増えているということが、日本も含めて先進国であるのですね。となると女性の子育て負担を狙い撃ちする形で減らすことが重要ではないかとしきりに言われています。その目的を達成するためには、待機児童が残っている地域では待機児童を解消していく。待機児童がいなくても、保育園の使い勝手が悪い場合には使い勝手を上げる。共働き家庭でなくても、例えば専業主婦でも週1日~半日は保育園を使えるようにするいったことで、子育て負担を下げていくのが非常に重要だと考えています」
■男性の家事・育児負担率と出生率には相関関係がみられる
「男性の育休」の推進もそこにつながっていくということです。男性の家事・育児負担率と出生率の関係について、山口教授からデータを提供していただきました。男性の家事・育児負担率が高い国ほど、出生率が高くなっていると。日本は男性の家事・育児負担率がとても低く、驚くほどです。
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「相関関係ははっきりしています。いろいろな細かい調査もしていまして、子供が生まれないご家庭でどんなことが起こっているのかみていくと、やはり夫が家事・育児をしていないということが分かっています。因果関係がある可能性が高いです」
■岸田総理から「リスキリング(学び直し)」発言があったが…
そんな中で岸田総理から「育児中でも『リスキリング(学び直し)』をしっかり後押しする」という発言がありました。ですが我々の取材では、それは現実的ではないといった声が聞こえてきました。
■男性が家事・育児をどんどんやっていくのが大事な出発点
山口教授は「育児に余裕がある人はいいが、余裕がない人には無理」、なので「女性の負担軽減を狙い撃ちすべし」と言います。
【東京大学大学院経済学研究科 山口慎太郎教授】
「日本は先進国の中でも、男女の間で役割分担がかなり強く出ている国です。女性が社会で力を発揮するうえでも、少子化を解消するうえでも、男性がもっと家に入って、家事・育児をどんどんやっていくのが大事な出発点になると思います」
(関西テレビ「報道ランナー」2023年1月30日放送)