食べることは生きること 嚥下障害者と健常者の垣根なくしたい 世界的シェフが挑む 嚥下食のフレンチ 同じ食事で同じ喜びを分かち合う幸せを全ての人に 2023年01月25日
2022年、神戸に世界的シェフが新しいレストランをオープンしました。そのレストランでは、美しくおいしい料理を提供するのはもちろん、「食べる幸せ」を届ける、特別な取り組みが始ました。5年にわたる挑戦の日々を追いました。
■食べる幸せをすべての人に…世界的シェフ5年間の軌跡
「この一口だけでいいから、食事を食べてほしい」
家族が病に伏した時や、最期が近い時、そう思ったことがあると思います。その願いに寄り添い、叶えるために人生をかけて取り組む料理人が、神戸にいます。
その料理人、髙山英紀さんは、料理界のオリンピックと称され、世界中の有名シェフが挑む「ボキューズドール国際料理コンクール」で5位に入賞した、日本を代表するフランス料理のシェフです。
髙山さんはこれまで、兵庫医科大学の医師たちと連携して、食べ物を飲み込む能力が低下した、嚥下障害者向けのスープ(幸せのスープ)を開発するなど、“食べる幸せをすべての人に届ける”活動に取り組んできました。
そして、次のステップとして、レストランで嚥下障害者向けメニューの提供を「試験的に」始めることにしました。
2020年春、嚥下障害者の方々に向けた料理の試作に取り掛かりました。嚥下障害者の食事で最も注意しないといけないのが、誤嚥。誤嚥とは、食べ物が誤って気管に入ることをいいます。それが原因で肺炎を起こすと(誤嚥性肺炎)命に関わることもあり、毎年多くの人が亡くなっています。
■おいしい嚥下食を目指して
髙山さんは、フランス料理のテクニックを使い、食材だけの粘り気やとろみで誤嚥しにくく、おいしい料理を作っていきます。
例えば、パン。一度、食パンや全粒粉のバゲットを混ぜたパンのお粥を作り、そこからミキサーにかけて、滑らかなとろみを作り出します。そこからさらに型に入れて、蒸すと、ふんわりまるで焼き立てのパンのようにふんわり膨らみます。香ばしいパンの香りと、やわらかなくちどけが合わさった、嚥下障害者でも安心して食べられるパンの完成です。
このように手間暇を惜しまず、様々な“誰でも食べられる料理”を作り上げていきます。
試作を始めて数か月がたった頃、この取り組みを知った、91歳(当時)のおじいさんが来店しました。おじいさんは外食が大好きでしたが、嚥下食に切り替えたため、食べられる食事の種類が減っていました。
テーブルに着き、特製のパンを次々に口に運びます。その後も、じっくり楽しみながら料理を食べ進めました。
変化があったのは3皿目。ホタテ貝と手長エビを使った料理でした。口から手長エビを吐き出してしまったのです。
髙山さんは嚥下食であっても、素材を味わえて、おいしく、美しく作ることを大切にしています。この料理も、エビの中で最もやわらかい手長エビを使用して、歯茎でつぶせるだろうと想定していました。
しかし、おじいさんは自分で飲み込むことができないと判断し吐き出しました。嚥下障害者向けの料理の難しさを再認識した瞬間でした。
■決断 コロナが転機に
新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界中の経済活動がマヒした2020年。人気レストランだった髙山さんの店も危機を迎えました。
いつも満席だった店内。自分の料理を求めて訪れる客。当たり前が当たり前ではなくなったとき、髙山さんは自分自身に向き合いひとつの決断をしました。
慣れ親しんだ店を退職し、ゼロから新しいレストランを作り上げる道を選んだのです。
14年間勤めた店での記憶や、料理コンクールで得た経験。作りたい料理を作るのか、食べる側が満足する料理を作るのか。
あえて厳しい環境に身を置き、何のために、誰のために料理を作るのか、もう一度突き詰めるための選択でした。
前の店を退職してから1年ほどがたった頃、神戸・三宮にあるビルに髙山さんの姿がありました。オーナーシェフとして新たなレストランを開店する準備に入っていました。
店名は「アントルヌー」この店で実現したいことは大きく分けてふたつあると教えてくれました。
一般営業のレストランは、日本の食材や食器など、「日本」という文化を大切にする。
もうひとつのテーマが、最期の一口までおいしく食べられるレストラン作り。摂食嚥下障害者のためのランチ会を月に2回程度、開催することにしたのです。
開店にむけた膨大な準備に加えて、嚥下障害者に対応した店づくりまでするのは未知の領域。なぜ高山さんはこの取り組みに、ここまで情熱を注ぐことができるのでしょうか。
ルーツは、髙山さんのふるさとにありました。
■情熱のルーツは父への思い
福岡県うきは市。緑豊かな山と、のどかな田園風景が広がる場所に、髙山さんの生まれ育った実家はありました。お母さんと、弟・直紀さんの家族が住んでいます。直紀さんは、新しいレストランの内装も手掛ける腕利きの大工です。
髙山さんは実家に帰ると、いつも家族や親せきに手料理をふるまいます。ものの1時間ほどで、昼食が完成しました。
食事の最中、お父さんについて話を聞いているときのこと。弟・直紀さんが教えてくれました。
髙山さんのお父さんが末期の肺がんと診断され、食事ものどを通らなくなった頃のことです。父のために、髙山さんは食べやすいスープを手作りしました。息子の気持ちに応えようと、食欲もなく、気力もない中、最後の最後まで食べようと頑張り続けたそうです。
「1人前になるまで帰らない」と言って18歳で福岡を離れ、一度も帰ることのなかったふるさとで、父の最後の数日間を付きっきりで看病したのが髙山さんでした。
【フレンチシェフ 髙山英紀さん】
「人の死というか、ろうそくが消える瞬間を見ることってない。その葛藤をずっと見ていたんです。そして、人に何か自分ができることを探す中で、美食と、もう一個は必要とされる食事をつくりたいというところが芽生えた。本当に死に近いというか最期が見えているような方の食事です。あの場面って経験したからこそ共有できるかもしれない。家族はどう思っているだろうとか、家族は何を欲しているだろう、とか。それがなければ今のこの仕事はライフワークとしてしてない、というかできないと思います」
次のレストランで、髙山さんは誰に、どんな料理を届けるのでしょうか。
■新しいレストラン 嚥下食ランチ会に向けて
新型コロナウイルスの影響も少し落ち着いた2022年6月。髙山さんの姿は老人ホームにありました。お年寄りにスープとデザートをふるまう、訪問レストラン。コロナ前までは毎月訪れていて、ライフワークにしていた取り組みです。
この施設で暮らす、柳瀬吉次郎さん、94歳。若い頃は商社に勤めていて海外生活が長く、洋食が大好きでした。最近は、食事の時に咳き込むことが増え、体調によっては食欲がない日もあるということです。
髙山さんは、この柳瀬さんと家族を、新しいレストランで開く嚥下障害者向けのランチ会の初めての客として招待することにしました。
2022年10月、フレンチレストラン「アントルヌー」はオープンしました。髙山さんの思いに共感した、前のレストランのスタッフも共に働いています。
連日満席の目の回るような忙しさですが、その中でも、柳瀬さん家族を招待するランチ会の準備は進んでいました。柳瀬さんの息子や施設の職員などに、細かな食事の状況や、好きなメニューなどを聞き取ります。
当日は柳瀬さんの妻と息子2人の家族4人が勢ぞろいすることになりました。家族のおもいでの味は「コーンスープ」と「ステーキ」。このふたつの料理をメインに、当日のコースを組み立てていきました。
迎えたランチ会当日。ランチはこの家族にとって、全員がそろう最後の食事になるかもしれません。髙山さんは、その場面を作ることができることに幸せを感じていました。
【フレンチシェフ 髙山英紀さん】
「今回、最後の食事になるかもしれない場面を作ることに関しては本当に幸せです。摂食嚥下障害者と健常者の垣根をなくして、同じ食事で、同じテーブルで、同じ喜びを分かち合うというのが今回のメニューです」
丁寧に、慎重に、想いを込めてひとつひとつの料理を準備していきます。
■初めてのランチ会で
柳瀬さんが店に到着しました。単身海外で勤務することを多かったため、家族4人そろっての食事は数十年ぶりです。
1皿目はコーンスープ。トウモロコシ本来の甘さを生かし、じゃがいものピューレで滑らかに誤嚥しないように仕上げました。柳瀬さんの前に器が運ばれると、次々と口に運び、あっという間に完食。息子2人も驚きの表情を浮かべます。
2皿目は「かぶらと松葉ガニのスフレ」。
3品目は「オマールエビのビスク ホタテガイのムース添え」。
柳瀬さんの食べる様子に合わせ微妙な調整を加えながら食事は進みました。
柳瀬さんの食べる様子に合わせ微妙な調整を加えながら食事は進みました。
厨房ではメインディッシュのステーキの準備が進みます。牛肉の中でもやわらかい部位を吟味して、絶妙の火入れで調理。「ステーキを食べた」という記憶を大切にしてもらうため、一口大に切りながらも、肉そのものの形は残して皿に盛りつけます。
柳瀬さんの前にステーキの皿が置かれました。食べられるのかどうか、ドキドキしながら見守る家族。
そんな心配は杞憂に終わりました。
幸せそうな表情で、口に入れたステーキ肉をかみしめる柳瀬さん。家族は幸せそうな表情でその姿を見つめます。あっという間に、皿は空っぽになりました。
–Q:どのメニューが美味しかったですか?
【柳瀬𠮷次郎さん】
「やっぱり肉やね。(みんなで食べられて)楽しい」
レストランは笑顔と優しい空気に包まれていました。
【フレンチシェフ 髙山英紀さん】
「きょうは、表情見たりとか、召し上がるスピードみると嬉しくなりました。今回そういうことができたのはすごく意味がある」
–Q:お父さんはこの取り組みをなんと言うと思いますか?
【フレンチシェフ 髙山英紀さん】
「喜んでいると思いますよ。それがあったから自分があると思う。後、ほんとに料理人でよかったと思います。料理人じゃないと、こういう本当に最後まで必要とされる仕事に就けなかったと思う。一口食べられなかったら次、ないかもしれないんで」
食べることは、生きること。必要とする人のために、きょうも髙山さんは料理を作っています。
(2023年1月6日放送)