和歌山市に暮らす、御年99歳のおばあちゃん。
60歳から始めたのが、目の不自由な人たちにとって貴重な点字の本を作るボランティアです。
およそ40年に渡って「点訳」を続けてきた、その原動力を取材しました。
■家庭菜園、絵葉書…多趣味な99歳の「ボランティア活動」
【岡本さん】
「可愛いやろ? このお花」
自宅の広い庭で花や野菜を1人で育てる、和歌山市の岡本田鶴(おかもと たづ)さん。
大正生まれの99歳で、来年1月には100歳を迎えます。
絵葉書を作ったり、家庭菜園をしたりと、趣味はたくさん。
手作りの絵葉書には・・・
【岡本さん】
「『生きのよいのが自慢』って書いてんねん」
とにかく毎日、笑いが絶えません。
そんな岡本さんが、40年続けてきたことがあります。
それは「点訳」。活字の本を点字に訳すボランティアです。
■6つの点で表す「点字」 訳すにはさまざまな工夫が
漢字交じりの文章を仮名読みに直し、決められた点字のルールに従ってパソコンの点訳ソフトで訳します。
【岡本さん】
「6本の指で全部言葉出すの」
点字は6つの点で表現されます。どの点を入力するかを6つのキーで打ち込むのが点字ならでは。
分かりやすく訳すためには、工夫が必要なようで・・・。
【岡本さん】
「『そーさ(捜査)』『ほんぶ(本部)』。『そうさほんぶ』って書くよりも、『そーさ』『ほんぶ』と分ける。劇を見る『観劇』と頭で感じる『感激』とか、『雲』『蜘蛛』とか、私たちだったら漢字を見れば分かるけれど、点字はひらがなばっかりでしょ。だから前後の意味で解釈してもらうとか。点訳者注入という印があるんですよ」
「全然読めない字があったら先に漢和辞典で確かめて、こういう言葉があるんやなって納得して、そして打つんですけどね」
点字図書には文字も絵もありません。点訳したデータをもとに専用の機械で点字を打ち出し、製本して作られます。
活字をすべて仮名読みにすると分量が増えるため、例えば1冊308ページの本は点字図書にすると500ページ超え、4巻にまたがる作品になります。
■60歳で始めた点訳 40年で290冊に
夫を20年前に亡くし、1人暮らしを続ける岡本さん。
点字を使う人が周りにいなかったにも関わらず、60歳で点訳を始めました。
世話をしていた孫が保育園に通い始めたことをきっかけに、新しいことに挑戦しようとしたのです。
【岡本さん】
「(点訳が)進んだら楽しい。これができたなって。10ページできたなとか、それが楽しいの」
昔は手作業だった点訳も、パソコンを使った方法が主流になり、76歳で人生初のパソコン操作に挑戦しました。
【岡本さん】
「さらっと生きるのが嫌い、何かやりたいのよ。友達は『退屈でしようがない』と、することがないから。(点訳の)おかげで私はそれがないのよ。やりたいことがいっぱいで」
1冊仕上げるのに数カ月かかる点字図書。岡本さんが携わったのはこれまでに290冊に上ります。
【岡本さん】
「遊ばせてもらってるの。『おばあちゃん何しているの?』って。『おもちゃで遊んでいるの』って、それぐらいの気持ちで。『仕事』って言ったらできない」
■ボランティアサークルの仲間たち
和歌山市で活動する点訳ボランティアサークル「みちしるべ」。
盲学校や点字図書館などから依頼を受けた図書を点訳しています。
岡本さんも月に2回の集まりに顔を出して、分からないところを聞いたり、訳した部分の校正を依頼したりします。
【「みちしるべ」に来た女性】
「歳聞いてびっくりした。私もそれぐらい長生きしたいなと思って。ずっと(点字)続けられたらいいなと思って」
【岡本さん】
「歳いくと時間いっぱいあって、退屈しないんでね」
点訳のことを尋ねると、岡本さんは決まって「私が助けてもらっている」と話します。
【岡本さん】
「お世話かけて悪いなと思うけどね。皆さん、良くしてくれるから」
それでも、その活動に救われる人がいます。
■「読む意義」の大きさ 音声だけでは得られない情報も
和歌山県の点字図書館で働く亀山直美さん。
生まれつき全盲で、読書やメモを取るのにも点字を使います。
音声を読み上げるアプリなども普及している中で、点字で本が読める環境の大切さを感じています。
【亀山さん】
「(音声で)聞くだけだと不十分で情報を落としてしまう。達者な発音であっても、聞いてスペルを想像するのは無理なんです。読む意義はとても大きくて。詩集とか、自分のペースで読みたいものも沢山あるので」
しかし点字を使う人数が多くないことから、点訳は営利活動として成り立ちにくく、ほとんどがボランティア頼み。
なかでも翻訳が難しい長編小説や専門書などは特に貴重です。
【亀山さん】
「(ボランティアに)負担をかけすぎない、その方が私たちも依頼するときも気が楽ですよね。国の補助が出て、点訳に携わる人がもっと出てきて、働けて、体系化して。読みたいものが読めるような形になってくると幸せですよね」
この日、亀山さんは初めて岡本さんと直接会うことができました。
【亀山さん】
「長いこと点字ありがとうございます。本当に点字の教科書とか助かっているんです」
【岡本さん】
「とんでもない、私が皆さんにボランティアしていただいている。ボランティアしているなんて大仰なこと思ったことない。やっぱり楽しいですよ。家でぼそっとしてるよりも、たとえ少しでもできたら。命がある限りやりたいと思うけどね」
■「やりたい」と思ったら肩は凝らない
岡本さんは仲間の力も借りながら、毎日少しずつでも点字に触れようとしています。
今の目標は社会派小説『空飛ぶタイヤ』を今年の夏に完成させること。
【岡本さん】
「『そんな肩の凝ることやって』って言われるけど、でも、やりたいと思ったらそんなに肩凝らないよ。ただ目が悪くなってきた。『空飛ぶタイヤ』上下巻が終われば、終わりにせなあかんかなと。でもその後、もし命があったら何しようかなと、あははは」
岡本さんは、4年前に新しいボランティアを始めました。小学生の下校の見守りです。
【岡本さん】
「おかえりなさい。暑くなったね。しっかりお茶飲んでよ、さようなら!」
岡本さんのチャレンジは、今日も誰かを元気付けています。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年5月9日放送)