奈良県に多くの障害者を採用している病院があります。
命を守る医療現場を支える個性豊かなスタッフたちを取材しました。
奈良県立医科大学附属病院。
29の診療科がある地域の中核病院です。
■新生児集中治療室・NICU
酸素や栄養をもらいながら懸命に生きる小さな赤ちゃん。
感染などから守るため、保育器を定期的に分解し洗浄をしているのは発達障害がある男性(27)です。
【発達障害がある男性(27)】
「未熟児の赤ちゃんが入られるので、不潔にしてはいけない。清潔と不潔の区別は注意しています」
この病院では、多くの障害者がポロシャツの制服姿でスタッフとして働いています。
■高度救命救急センター
高度救命救急センターで搬送用のストレッチャーを消毒しているのは、知的障害がある藪本さん(26)。
【知的障害がある藪本さん(26)】
「ケガしている時にその血液で感染してしまう。血液がついてないかの確認をしつつ消毒してます」
藪本さんは午前と午後で職場が変わり、精神科病棟でも働いています。
上司:2つに分かれたじゃないですか、どう?
薮本さん:順調にいってるんじゃないですか。
上司:休むこともなくなったもんね。
薮本さん:そうですね。休むとしても、月に2回くらい。でも多いですよね。
掛け持ちを考えたのは、上司の岡山弘美さんです。
【奈良県立医科大学 人事課 障害者雇用推進係 岡山弘美 係長】
「(藪本さんは)人間関係でトラブルがあって、職種・職場をいくつか変わられているんです。1ヵ所の場合は、ちょっと悩みが多くて、色んな事を考えてしまうので」
大学にある障害者雇用推進係。
この部署は6年前に障害者の法定雇用率を達成するために立ち上げられ、岡山さんは係長をつとめています。
もともとは系列の保育園の園長として、障害者の雇用に力をいれていたため抜擢されました。
今は39人の障害者を採用しています。
(障害者雇用率は3.2%、法定雇用率は2.6%)
【奈良県立医科大学 人事課 障害者雇用推進係 岡山弘美係長】
「(雇用率の)数字は追っていません、私の中では。こういう人達と働きたいなっていう、自分勝手なイメージなんですけど」
一般企業では法定雇用率を満たしているのは半数以下。
さらに、障害者向けの求人では採用されても1年以内に3割の人がやめています。
しかし、岡山さんのもとでは1年後も9割以上の人が働いています。
■集中タオル室
患者の体をふくタオルを折っているのは精神障害がある小菅さん(53)。30年間、小学校と中学校で教師をしていました。
【精神障害がある小菅さん(53)】
「専門は音楽なんですけれども、ただ音楽だけやっていたらいいっていうわけじゃなくて、色んなことを見ていかなあかんっていうそんな状況の中で自分にできないことが多すぎて。それで悩んでうつ病になっちゃった」
障害者として就職して2年。
今でも症状がきつくなることがありますが、そのときは気兼ねなく休みます。
【精神障害がある小菅さん(53)】
『体調悪くて電話したら、もう「休んでいいよ」っていう感じで、休ませてもらえますので』
タオルは、もともとそれぞれの病棟で看護師などが折っていました。
岡山さんは係を立ち上げるときに、まずこの仕事を引き受け、専用の部屋を作りました。
【奈良県立医科大学 人事課 障害者雇用推進係 岡山弘美係長】
「(病棟で働いて)クレームがついた時に、帰って来る場所、あとは、メンタル、どうしてもちょっと精神的にしんどくなったら、タオルに帰ってこられる。タオルはとにかく全員折って欲しい」
岡山さんは、みんなの逃げ場所を最初に作り、採用の基準は、タオルを折り続けることができるかどうかにしました。
■新型コロナ病棟
この病院でも新型コロナで、医療現場はひっ迫しています。
【発達障害がある男性(35)】
「きょうは3名です。買い物の注文リストで、直接患者さまが触られているため、このポリ袋は絶対にあけてはいけないということです」
新型コロナウイルス患者の希望する日用品を病院の中にある売店に毎日買い物に行くのは、発達障害がある男性(35)。
男性は、何度も何度もリストと商品名を照らし合わせ、買い物かごに入れます。
この日は、お菓子やティッシュの買い出し。
入院している子供たちにも届けられました。
【看護師長】
「看護師とか看護助手が買いに行ってる時もあったんですけど、患者さんが増えた時にね、とても対応できなくて。ちょっと嗜好品を食べたりとか、雑誌読んだりとか、ちょっとでもストレス軽減にっていう所で、助かってます」
【発達障害がある男性(35)】
「結構緊張する作業です、私にとっては」
ーーQ:なぜ緊張されますか?
「それはやっぱり購入ミスとか、そういうのが起きないかっていう恐怖感で、間違いないように全神経集中しながら」
プレッシャーに対して過剰な恐怖感に襲われてしまうのは障害の特性だけではなく、小中学生のときの体験にも大きな影響を受けています。
【発達障害がある男性(35)】
「一言で言えばちょっといじめられてたりとか。最初は1人だったのが、必ずいつの間にか、2人、3人とか」
障害者手帳を申請することになったのは、以前の職場でうまくいかなかったためです。
ーーQ:昔の職場では、苦手なことや嫌なことは言いづらかったですか?
【発達障害がある男性(35)】
『言いづらかったですね。とにかく自分の言うことがなんでもわがままやと思わされてきた経験から、ここでも時として係長に「言っていいんですか」ってなってしまいます』
3年前にこの職場にきた男性は今では特別支援学校の生徒や、就職希望者の実習を担当しています。
教えるのはあのタオルの折り方です。
岡山さんは、基本的には見守るだけです。
病棟に出ているスタッフも、育成は病棟の職員に任せます。
【奈良県立医科大学 人事課 障害者雇用推進係 岡山弘美係長】
「私もいつかはここを、去っていかないといけない身なので、彼たちに何を求めて、彼たちにどう仕事を頑張ってもらおうかなと思ったら、やっぱり自立なんですよ」
この岡山さんのスタイルもあり、最初は摩擦もありました。
【奈良県立医科大学 人事課 障害者雇用推進係 岡山弘美係長】
『障害者のスタッフは「これもできません」、「あれもできません」って言われて、「どうしたらいいのかな?」っていうのはすごい悩んだ時期はありまし。今で6年くらいになるので、(最初の)2、3年は辛かった』
そこで岡山さんは、障害者のスタッフを一斉に有給休暇を使って5日間休ませる強硬策をとりました。
【奈良県立医科大学 人事課 障害者雇用推進係 岡山弘美係長】
『あれは本当にこの人達の存在を知って欲しかったんですよ、存在感。(病棟側から)電話かかってきて、「誰でもいいからお願いします」って言われました。
「障害者はできない」っていう風に多分最初は思ってる方はいらっしゃったと思います。
だけど、そうじゃない。めんどくさいかもしれませんよ、教えるのはね、時間がかかります。でも裏切らない、一生懸命頑張ってくれるので。「なくてはならない存在」と言って頂けるようになりました』
この日は、月に一度のカンファレンス。
39人の職員の多くは、障害者の就職をサポートしている障害者就業・生活支援センターなどを通じて紹介されています。支援員に集まってもらい、一人一人の小さな変化を共有します。
【奈良県立医科大学 人事課 障害者雇用推進係 岡山弘美係長】
「今までとは違う、休みがち。(本人と)お話はしないといけないなぁと思うけど、何かがあるかもしれない」
【就業・生活支援ワーカー】
「はい、わかりました。また連絡します」
支援員が課題や成長を家族に伝え、共有することで長期の勤務につなげています。
発達障害がある男性(35)が最近任されたのは、病室のベッドメイク。
しかし…
【発達障害がある男性(35)】
「言っていいですか…すいません、一つ終わったらこっちに戻りたいです」
岡山さん:それはなぜ?
男性は、なかなか言葉が出ません。そして、絞りだすように伝えました。
【発達障害がある男性(35)】
「言ってはいけないこと言うかも…言っていいですか…苦手だからです」
岡山さん:分かりました。
まだ恐る恐るですが、思っていることを伝えられるようになりました。
きょうも個性豊かな39人が、病院を支えるため働いています。
(2021年9月9日放送)