■和歌山・那智勝浦町で捧げられた祈り
和歌山・奈良・三重で88人が犠牲となった紀伊半島水害から10年。
9月4日、最も犠牲者が多かった那智勝浦町で祈りが捧げられました。
当時、町長だった寺本眞一さん(68)は妻と娘の命を失いました。
【寺本眞一さん】
「10年たって節目と言われても自分の中で亡くなった家族との時間は止まったままで」
■元町長「悲しみ」と「役割」の狭間で…
遺族としての「悲しみ」と町のリーダーとしての「役目」の狭間で揺れ動いた10年でした。
10年前、那智勝浦町に1年間で降る雨量の3分の1が、1週間足らずで降りました。
各地で土石流が発生。
町は濁流に飲まれ、29人が犠牲になりました。
町長の寺本さんの自宅も土石流に押しつぶされました。
妻の昌子さん(当時51)と娘の早希さん(当時24)が命を失いました。
早希さんはこの日、結納を迎えるはずでした。
役場で泊まり込んで対応にあたっていた寺本さんは、翌日早希さんの死を知らされました。
【土砂災害直後の記者会見・寺本眞一さん】
「9月5日現在の発表をさせていただきます。その前に皆さん、聞きたいと思うんですけど、私の個人的なことに関しては発表を控えさせていただきたいと思いますので」
4日後には昌子さんの遺体が見つかりましたが、復旧のため公務に専念し、遺族としての感情は、表に出さないようにしていました。
【寺本眞一さん】
「娘が流されたことに対して、近くにいたら助けに行けるのかと思うけど、手の届かないところでこんなことが起きたので、どうしろというのがね。(家族を)失っているんだけど、まだそれを信じたくないという自分の中の気持ちと、まずは自分の仕事をやり遂げないといけないという気持ちと」
寺本さんは3年前に町長を退き、今は、趣味だった農作業に没頭する日々を送っています。
長男の圭太さん(32)とともに亡くなった2人にどうしても伝えたいことがありました。
【寺本眞一さん】
「長かったようで短かったようであの時のことを思い出すけど圭太も子供ができて私にもやっと初孫ができる。一番嬉しいニュースやな」
【長男・圭太さん】
「うん」
【寺本眞一さん】
「上から孫を見守っといてくれ」
【寺本眞一さん】
「夢見ても、当時の姿でしか夢を見られないのが残念やけどね」
【圭太さん】
「10年前やから10年前の姿でずっと止まっているけどね」
当時、東京の大学に通っていた圭太さん。もうすぐ子どもが生まれます。
圭太さんはずっと父を見つめてきました。
【圭太さん】
「今まではあまり余裕がなかったと思います。町の復興のために24時間働いているように見えました。(引退後は)肩の荷が降りたような顔はしていますね。孫をみたいなって少し感情的な話をすることも増えたので…」
■変わる生活・町 各地で相次ぐ水害
寺本さんは引退後も町の様子を気にかける日が続きます。
【寺本眞一さん】
「10年前に比べたら格段に整備できてきた」
【住民(84)】
「住んでいるのは5人だけ。この間おばあちゃんも亡くなってだんだんと寂しくなって…」
被害があった地区では国の砂防ダムの工事が9割ほど進みましたが、整備が完了するにはあと10年以上かかります。
一方、町では高齢化が進むとともに、移住してくる人もいることから、当時のことを知る人は減っています。
【被害が大きかった・市野々地区 長尾正紘区長】
「本当はじいちゃん、ばあちゃんが、語り部で子供たちに話を聞かすとか年に何回でも子供たちに経験した人とかね」
【寺本さん】
「子どもの頭に残るよな」
「次に受け継いでくれる世代の子らがもう少し頑張ってくれないとあかん。その辺のことをフォローできるようになったらいいな」
10年前に経験した「長く降り続く雨による災害」。
それは毎年のように起き、2021年も大きな犠牲が出てしまいました。
【寺本眞一さん】
「自治体が100%防ぐことができるなら、熱海はあんなことになっていなかったと思う。個々人が、自分は被害にあわないでおこうと、常に自分の中に問い詰めておかないといけない。どこまで自分に迫ってきているかという実感があるか、ないかやね」
■新たな家族の誕生 次の世代につなぐ
8月26日、寺本さんに待ちわびた知らせが。
新しい家族、「涼楓(すずか)ちゃん」が生まれました。
【寺本眞一さん】
「孫の顔を見たら10年のうちで一番安らいだね。災害の怖さというのも教えられたらなって。それまで長生きしとかなあかんってことやな」
新たな世代を守るために。町の先頭に立った「一人の遺族」として歩んでいきます。
(2021年9月6日放送)