大阪府では、新型コロナウイルスの第4波で、入院ができない事態が相次ぎました。
東大阪市の男性は夫婦ともに感染し、自宅療養の末に妻を亡くしました。
症状が悪化しても入院ができない現実。
男性の無念の思いを取材しました。
【妻をコロナで亡くした田中良二さん(仮名・69)】
「ただいま。今日はね、店暇やった。掃除したりとか、商品の片付けとかたくさんできた」
東大阪市で服飾店を営む田中良二さん(仮名・69)
6月1日、妻の芳子さん(仮名・68)を亡くしました。
田中さん夫婦を初めて取材したのは、今年4月。
夫の良二さんが新型コロナウイルスに感染し、自宅で療養していました。
【往診をする医師】
「点滴で楽になりましたか」
【田中良二さん(仮名)】
「ずいぶん楽になりました。最初は死ぬと思いました。意識なくなって、倒れてずっと動けなかったから」
芳子さんも感染が確認されていましたが、この時は軽症で、良二さんを看病しながら、夫婦で自宅療養をしていました。
【田中芳子さん(仮名・当時68)】
「必死で保健所に毎日毎日電話して、どうですか?どうですかって言っても、なかなか(入院できない)」
取材に応じていたこの時点では、芳子さんの気がかりは夫の病状だったのです。
当時は、第4波のピークに向かう頃で、病床がひっ迫。
大阪府の自宅療養の患者は、一時、1万8千人を超えていました。
幸い、夫婦のもとには近隣の医師が往診に訪れ、治療していました。
しかし、徐々に症状が軽くなっていく良二さんと入れ替わるように、芳子さんの症状が悪化してきたのです。
【往診をする医師】
「奥さん陽性で心配ですよね。悪化したら」
【田中良治さん(仮名)】
「わたしはある程度山すぎたと思うけどね。彼女は悪くなってるから一番心配」
【往診をする医師】
「ご主人は峠越えたとおっしゃっていたけど…(奥さんは)峠に向かっているよね」
【田中芳子さん(仮名)】
「ああいう風(夫のよう)になるんかな?」
■わずか2日で妻の病状が急変
往診した医師は、芳子さんの病状の急変を目の当たりにしていました。
【往診をした東大阪生協病院 橘田亜由美医師】
「奥様が全身倦怠感が強まって、ちょっと動くと息がしんどくなったので、CTを撮った。この時点で中等症1。まだ血中酸素飽和度が下がっていないし、動けていたので、このまま悪くならずに行けばと思って薬を処方していました。ところがたった2日後のことですが、胸膜沿いに白い影が広がっています。この時点で、中等症2と判断して、ステロイドを開始しました」
芳子さんが入院できたのは、さらにこの2日後。
血中の酸素濃度が急激に低下し、救急搬送されました。
【田中良二さん(仮名)】
「(人工呼吸器をつけているので)しゃべれないですからね。でも、口パクで訴えたりとか。僕が夜も寝ないで、いつも看病していると、妻が『バカ、バカ』と言ってくるんですよ。よく聞くと『なんでそんなバカなことするの』と。『体が悪いのに付き添ってばかりだ』と。逆に気遣ってくれているなと思ったり。かと思ったら、『きょうは疲れたから帰って寝ようと思う』と言うと首振るんですよ。いててほしいの?と言うと『うん』と。やっぱり、さみしいんやなと。怖いんやなと」
■闘病の末に亡くなった妻 「早く入院できていれば」男性の無念
懸命に看病しましたが、芳子さんは、1か月の闘病の末、亡くなりました。
良二さんは、もっと早く入院できていればと、思わずにはいられません。
【田中良二さん(仮名)】
「僕の方が死ぬ感じだったのになんで元気だった彼女が逆になってしまったのかと考えると悔しいですね」
【往診をした東大阪生協病院 橘田亜由美医師】
「中等症2で入院できていれば結果どうかなったか分からないが、(症状が)悪化して2日たったことが、重症化して入院してしまう結果になって、手遅れになってしまったのが残念でした」
大阪府の吉村知事は、7月14日、災害級の感染状況への備えとして、580床程度の重症病床を確保できるめどがついたと明らかにしています。
良二さんは、芳子さんのことを思わない日はありません。
【田中良二さん(仮名)】
「長いですよね、一緒になって45年間。ずっと一緒やったからね。もう一度一緒にやりたいですね」