大阪府高石市の住宅で去年、戸籍がない高齢の女性が餓死しているのが見つかりました。
なぜ支援の手が届かなかったのか。
同じ無戸籍の人たちを取材すると、社会から孤立してしまう深刻な実態が見えてきました。
881人。これは法務省が今把握している無戸籍の人の数です。
(2021年2月10日現在・法務省による)
ある無戸籍の人はこうつぶやきました。
【無戸籍者】
「日本にいて、その紙一切れ(=戸籍)ないだけで私は存在しない人間になるから。どうしたらいいかわからないし、もう生きていけない」
去年9月、大阪府高石市の住宅で、宮脇奈々美さん(推定78)が餓死しているのが見つかりました。
一緒に暮らしていた息子(推定49歳)も衰弱していて、保護されました。
2人には戸籍がありませんでした。
関係者によると、息子は「貯金がなくなってきたが、無戸籍だったので行政に相談できなかった」と話しているということです。
息子と幼なじみの男性(50)は「(女性は)毎朝外で掃除もしてたりとか、身なりもきちっとされてる方で、近所付き合いもしっかりしていた。ごく一般のご家庭でした」と当時を振り返ります。
【自治会長】
「町内会費は貰っていたんですよ。(生活に)困っている様子はなかった」
――Q:無戸籍と知ってどう思いましたか?
「『えっ』て絶句するだけ。町内役員も『えっ』というような感じで、あ然としていました」
■無戸籍で学校に行かず…28年間ひっそりと家で暮らした男性「病院にも行けない」
周りの人も気づかなかったという「無戸籍」の状態。
戸籍とは、人の出生から死亡に至るまでの親族関係を公に証明するもので、本人からの届け出によって自治体が保管します。
奈良市にあるNPO法人「無戸籍の人を支援する会」には、年間30件以上の相談が寄せられています。
「無戸籍の人を支援する会」の市川真由美代表(53)は無戸籍で悩む女性を紹介してくれました。
【市川真由美代表】
「婚姻中なの。別居してるけど。(母は)ご主人の暴力で避難していて、そのときに新しいパートナーと出会って、その間にできたのが“みさちゃん”」
埼玉県に住む、みささん(27)。
フィリピン人の母は夫とは別の男性との間にみささんを設けましたが、出生届を出すと暴力を振るっていた夫に気付かれてしまう恐れがあります。
離婚はかなわず、みささんを無戸籍のまま育てました。
みささんは戸籍がないことで、市役所に何度相談しても住民票を作ってもらえず、就職などで苦労し続けて来ました。
【みささん】
「じゃあ採用します、いついつからお願いします。わかりましたお願いしますって言った瞬間に書類を見たら、『住民票をもってきてください』と書いてあって。」
「ちょっとと戸籍がなくてっていう話をすると、企業から『戸籍ができたらお願いします』と言われました」
シングルマザーのみささんには2人の子どもがいます。
みささんが無戸籍のため、子どもも無戸籍です。
自分が無戸籍であることで様々な苦労をして来たみささんは、子どもの戸籍を作らなければいけないと、市役所に相談に行きました。
市役所は「みささんの戸籍を優先的に作らないと、子どもの戸籍も作ることができない」と答えたそうです。
しかし、みささんはこれまで長年相談を続けていても、戸籍を作ることも、住民票を取ることもできていません。
そこから状況が変わることはありませんでした。
住民票がないことから母子手当も受け取ることができず、この2年間は定職に就けませんでした。
【みささん】
「お金がなかった。0円になって、財布に1円も残らず。仕事もできない食べることもできない、子どもたちの好きなものも買ってあげられない。自分はもう母親失格なんだな」
■戸籍を作る「就籍」の手続きをしたAさん
小中学校にも通わず、28年間自宅の中でひっそりと過ごしてきた男性がいます。
山口県に住むAさん(30)です。
兄弟には戸籍があるのに、自分だけ戸籍がなく、健康保険証を作ってもらうことができませんでした。
【Aさん】
「病院に行けなかったのが一番の不都合でした。毎回実費(保険証がないため10割負担)だときついのでどこか痛くても市販の痛み止めで抑えるしかない」
戸籍を取るためには自分のおおよその年齢を示す資料を探したり、誰の戸籍にも入っていないことを証明したりと、かなりの手間がかかります。
支援する会の代表の市川さんは、それぞれの事情に合わせて戸籍を取る手助けをしてきました。
Aさんは今年1月に戸籍を作る「就籍」作業を終えましたが、市川さんに相談してから約1年半かかりました。
市川さんによると、Aさんはかなり早く戸籍を作ることができた例だといいます。
市川さんは戸籍を作ることが難しい背景として、行政の知識不足が一因になっているといいます。
【市川真由美代表】
「住民課に行って、『戸籍課行ってください』と言われて。戸籍課に行っても、無い戸籍をどうしたらいいかわからなくて今度は『法務局に相談行ってください』。法務局に相談行っても、無い戸籍をどうしたらいいか法務局にも分からないことが多い」
「無戸籍=命の危険があるんだよってことを命の重さっていうことで考えてほしい」
■「知識が行政にあれば住民票取れていた」公的な支援の課題
餓死した女性が住んでいた大阪府高石市。
無戸籍である親子の存在を、行政は把握していたのでしょうか。
関係者によると女性は戦争の混乱の中生まれ、無戸籍になりました。
戸籍がないため結婚できず、内縁の夫と息子の3人で暮らしていたということです。
高石市では戸籍がある内縁の夫の単身世帯として把握していましたが、これまで女性や息子からの相談はなく、5年前に夫が亡くなった後も、2人の存在に気が付かなかったということです。
自治体の中には、無戸籍の人を積極的に支援しているところがあります。
兵庫県明石市では、7年前に無戸籍専用の相談窓口を作りました。
職員に研修を行い、戸籍がなくても生活保護などの必要な行政サービスを受けられる体制を整えました。希望があれば民間の支援団体にも繋ぎます。
【明石市・泉房穂市長】
「実際は(全国の)市役所の窓口でも勘違いされてる方(職員)が多くて、『戸籍がないからできません』というような、誤った情報を伝える方が今もいると聞きます」
「戸籍がなくても普通の市役所サービスは受けられます」
27年間無戸籍の“みささん”。支援団体の市川さんに相談して2週間で住民票を取ることができ、ようやく仕事が見つかりました。
みささんは、以前から出生証明書など必要な書類はそろっていて、実は戸籍がなくても住民票を取得する要件を満たしていました。
「正しい知識が行政にあれば、みささんは中学生の頃には住民票を取れていた」と市川さんは語ります。
【みささん】
「自分のやりたいこと、これから今まで叶わなかった部分をやっと叶えられる。ウキウキワクワク」
【市川真由美代表】
「嬉しい、よかった~。だって安定して給料が入ってくるのよ。少しずつ(みささんの)27年間を取り戻して、子どもたちの人生を取り戻して」
戸籍がない人を見落とさない、社会の仕組みが求められています。
(カンテレ「報道ランナー」2/26放送)