新型コロナウィルス感染防止のために「異例の出産」を迎えることになった、ある若い夫婦。
みんなに支えられた「新たな命」、誕生の記録です。
出産間近で…病院が「コロナ専門」に
大阪市東淀川区に住む、谷田穂花さん(20)。
4月16日、妊婦検診のために訪れた十三市民病院で、思わぬ事態に見舞われました。
【谷田穂花さん(20)】
「(出産予定日が)10日後なんですけど、違う病院に移ってほしいって言われて。まず患者に先知らせてっていう感じだったんですけど、初めて知ったのがニュースでどうしたらいいのかなって思って」
この2日前、大阪市は全国で初めてとなる異例の措置を打ち出していました。
【大阪市 松井一郎 市長】
「十三市民病院をコロナ専門病院としたい。その作業を今、指示しました。どうしても中等症のベッドが不足するというのが専門家の皆さんの声ですから」
大阪市立十三市民病院は地域医療を担う中核病院。
職員や患者にとってまさに「寝耳に水」でした。
病院は救急と外来を休止し、約130人の入院患者は急遽、転院または退院を余儀なくされました。
【十三市民病院の会見】
「聞いてなかった状況ではあります。紹介状を全患者さんに書かせていただくことになる」
【通院中の患者】
「嫌やな。やっぱり慣れたところの方がいいですからね、本当にもう」
【夫が入院中の女性】
「本人に言うたらショック受けるから(転院のこと)言うてない。本人的にはストレスかかると思う」
自ら転院先へ…3時間かけ分娩の予約
産科には穂花さんを含め、約280人の分娩の予約が入っていましたが、そのほとんどがほかの病院に割り振られることに。
【谷田穂花さん(20)】
「(今から(転院先の)淀川キリスト教病院に自分で電話かけて予約とって下さいって言われたんですけど、(電話が)かからんからどうしようかなと」
「飛び込みで今から電車で行ってくださいっていわれて、そんなんお腹も重いのにどうしようかなって…」
結局、自ら転院先の病院へ向かい、3時間かけてようやく分娩の予約ができました。
感染防止で…「立ち合いや面会」も認められない状況に
穂花さんは夫の駿太さん(21)と二人で暮らしています。
朝早くから建設現場で働く駿太さんの一日の楽しみは穂花さんとの夕食の時間です。
【駿太さん】
「めちゃうまい。ごはんしか楽しみないです」
【穂花さん】
「ぜったい嘘やろ」
【駿太さん】
「(楽しみは)ご飯と映画かアニメかゲームですね」
【穂花さん】
「やめて、オタクみたい(笑)」
2人にとって初めての出産。
駿太さんにも立ち会ってもらうはずでしたが新型コロナウイルス感染防止のため、立ち会いや面会が一切認められないことがわかりました。
【駿太さん】
「僕も聞いて、えっって、いきなりやったんで。立ち会う気満々でいてて、それが急にコロナ病院になったので、びっくりした…」
【穂花さん】
「周りが皆『誰々君が一緒にいてくれたから頑張れました』みたいなんが多いから、誰かしらおってほしい。今でも心配ですけど(新型コロナ)ウィルスは仕方ないなと…」
転院を受け入れる病院も…物資不足など苦しい対応に
妊婦や家族にとって「異例」の状況。
病院側も苦しい対応を迫られています。
十三市民病院から転院してくる妊婦や里帰り出産ができなくなった妊婦を数多く受け入れている千船病院。
3月から医療物資が不足し、危機感が募っています。
【千船病院産婦人科岡田十三主任部長】
「滅菌された手袋を通常使っているがその数が足りなくなったり、助産師や医師が着るガウンが足りないので。道具なく戦えといわれているのと似ているので、物がないというのはこんなにつらいことなんだとすごく感じます」
スタッフ自ら、クリアファイルやポリ袋などで代用品を作って対応する日々。
そんな中、お母さんや赤ちゃん、スタッフの「感染防止」にも万全を尽くすため、立ち会いや面会を禁止せざるを得ないのです。
【千船病院産婦人科 岡田十三 主任部長】
「助産師は普段よりも産婦さんの傍についている時間がすごく長くなっています。(その分疲れるのでは?)だと思います。妊婦も我々も一つ一つ感染の予防を積み重ねていくしかない」
「本来なら多くの方が家族のサポートのもとに分娩を乗り越えられているので、それがないというのは本当に精神的にすごく辛いと思います」
夫は自宅から…テレビ電話での立ち合いに
4月26日、父親になる駿太さん…陣痛がきた穂花さんを病院に送り届けた後、ひとり自宅で、その時を待つしかありません。
眠れぬ夜を1人で過ごした翌朝、ようやく携帯に連絡がきました。
【駿太さん】
「破水…破水したみたいです。近いです。7時58分。一分前に破水したってきてます」
その連絡から4時間半後―
今度は助産師さんから電話がかかってきました。
【助産師】
「テレビ電話で中継するので旦那さん応援してあげてください」
【駿太さん】
「わかりました」
穂花さんは、既に分娩台に乗っています。
小さな携帯の画面越しに優しく声を掛けます。
【駿太さん】「頑張れるか?」
【穂花さん】「頑張るよ」
【穂花さん】
「痛い痛い」
辛そうな声を出す穂花さんを見て、思わずつぶやく駿太さん。
【駿太さん】
「見れんわ…」
そばにいてあげられない、もどかしい思いが胸にこみ上げます。
まるでしっかりと手を握るように…駿太さんは着ていたトレーナーの袖を、力いっぱい握りしめていました。
【駿太さん】
「…がんばれ」
そして…
【助産師】
「せ~の。う~ん」
「きた~おめでとう~」
【駿太さん】
「生まれた!」
【助産師】
「1時13分おめでとうございます」
駿太さん、あふれてくる涙をぬぐいながら、画面越しに声を掛けます。
【駿太さん】
「おめでとう、ほの」
生まれたばかりの赤ちゃんをその手に抱きながら、穂花さんも答えます。
【穂花さん】
「かわいい」
【駿太さん】
「がんばったな、ほの」
約16時間の分娩に耐え、元気な男の子が生まれました。
【駿太さん】
「ママ似だ。俺には似てくれんかったか(笑)」
駿太さん、ようやく落ち着いたようです。
【駿太さん】
「いや~よかった…偉大さを、…女性の偉大さと男の無力さを実感しました。今すぐにでも行きたいですけどね。会わせてくださいって。会いた過ぎますよ」
家族3人での新しい生活へ
5月1日、5日ぶりの家族との再会、そして赤ちゃんとの初対面です。
【駿太さん】
「ちっちゃ。うい~」
【穂花さん】
「可愛い?駿ちゃんに似てる?ぼ~っとしてる」
【穂花さん】
「最初ビデオ通話で立ち合いと聞いたときはえ~って感じだったけど、やってみたら意外と安心できるなと」
――Q:ご主人を見る余裕は?
「結構見てました。」
【駿太さん】
「僕の方が余裕なかったです」
【谷田さん夫婦】
「遥都(はると)です」
みんなに見守られ乗り越えた出産。
家族3人の新しい生活が始まります。