大勢の大人たちにガードされ会場にやって来たその様は、SPに囲まれるどこかの国のVIPのよう。マイクを持って待ち構えていた私は近付くことも出来ない。眉間に皺を寄せ、16歳とは思えぬオーラを放ちながら歩くのは、スウェーデンの高校生で環境活動家のグレタ・トゥンベリさんだ。10月、コロラド州デンバーで開かれた環境保護団体の集会に参加していた。
彼女の名を世に知らしめたのは、温暖化への対策を取るよう訴えて始めた「スクールストライキ」。毎週金曜日に学校をボイコットするというそのムーブメントは一気に世界中に広がり、ノーベル平和賞の候補と言われるまでになった。9月の国連気候行動サミットで、世界の大人たちに向けて放った「How dare you!!(よくもそんなことを!!)」のインパクトは凄まじかった。
化石燃料を使う飛行機を避けヨットでアメリカ入りした彼女は、その後なぜかアーノルド・シュワルツェネッガー氏から提供された電気自動車でアメリカやカナダを回り、温暖化抗議集会に参加している。
結局今年のノーベル賞受賞はなかったが、集会が開かれたのは発表翌日で、その辺りも含めて本人の話を聞こうと多くのメディアが集まった。が、主催者側は「インタビューはさせない」と頑なな姿勢。せめて一言だけでも話を聞きたいと会場入りを待ち構えたのが冒頭の様子だ。
集会では入れ代わり立ち代わり地元の若者たちが温暖化対策を訴えるスピーチをし、煽りに煽って開始から1時間半、ようやくグレタさんが壇上へ。会場の熱気は最高潮となった。
【グレタさんのスピーチ】
「気候変動と環境の危機にさらされているのは私たち若い世代です。その責任を私たちが負わされるべきではありません。大人も、政治の指導者たちも、私たちのことを考えていません。でも私たちは彼らのことを見ています、彼らに責任を取らせます!このひどい状況の後始末を子供たちに任せるなんて、よくもそんなことを!!私たちはスクールストライキをやりたくてやってるんじゃない、注目されたくてやってるんじゃない、楽しくてやってるんじゃない!!!」
大人たちへの辛辣な言葉の一つ一つに、会場から大きな歓声と拍手が上がる。なんて力強いスピーチだろうか。これまでテレビなどで見ていたイメージ通り、政治家と見まがうほどの堂々たる姿だった。一方でスピーチの最中、小さく折り畳まれた紙を広げて視線を落とし、文言を確認する場面もあった。「完成された活動家」ではない「普通の高校生」の一面を見た気がしてなぜだかほっとした。
結局、ノーベル賞の結果には一言も触れることなくスピーチは終了。帰り際を待ち受けたが、再び”SP”達に徹底ガードされ、彼女は歩き去ってしまった。こちらが面食らうほど徹底してメディアを近付けないその姿勢は、過激な批判や誹謗中傷と戦ってきた結果なのか。それとも一部報道で指摘されている「環境ビジネスに群がる大人たち」の戦略なのか。
集会には広場を埋め尽くす数千人が集まったが、特に若い世代、というか子供たちの姿が目立った。この日は平日、金曜日。グレタさんと同様、彼らは学校を休んでここにいる。
【10歳の女の子】
「地球がなかったら教育も受けられないし、ここに来ることが最高の教育になると思う。グレタは私やたくさんの子供たちにとっていいお手本、私は彼女みたいになって他の人たちに影響を与えたい」
【8歳の男の子】
「僕は地球を助けたいし、それがとても大切だと思ったから来たよ。大きくなっても今みたいな地球があってほしいし。今日は学校を休んだけど、そうすることが大切だと思う」
どの子に聞いても、「ここに来ることが教育」「自分たちの地球のため」「グレタみたいになりたい」と意識が高い。そして集会には多くの保護者も一緒になって参加していた。
【子供と一緒に参加した母親】
「私が学校を休ませなかったら何も変わらないと思います。だってこれは子供たちの未来のことなんですよ。子供たちが家族と一緒にストライキに行けるように、学校は休みを与えるべきだし、サポートする姿勢を示すべきだと思います」
私の固い頭では…
(子供)「私、今日学校休んで集会行くから!授業なんて受けても意味ないから!」
(保護者)「学校サボるなんて許さんで!ちょっと、あんた待ちなさい!」
…みたいな絵を想像していたがそうではなかった。学校を休むことについて“特別なことをしている”という意識は感じない。「だって大切な事でしょ?」と自然体だ。学校を休むと罪悪感のような居心地の悪さを感じる日本とは違う風土があった。
12月には、COP25に参加する予定のグレタさん。彼女はどうやって会場に行くんだろうか、などとぼんやり思いながら、私は飛行機でLAに戻り、空港から車に乗った。フリーウェイは今日もLA名物の大渋滞。大人たちの生活を変えるのはなかなか難しい。インタビューした子供たちの顔を思い浮かべ、罪悪感に駆られながら家路についた。