大病院の専門医から地方の町医者として生きる道を選んだある男性医師。
新たな活躍の場に選んだのは40年以上も診療所がなかった故郷・兵庫県たつの市の地区。
変わろうとする地域医療への「不安」と、ふるさとでの奮闘を追いました。
故郷に帰った「専門医」
人口約2400人の兵庫県たつの市香島地区。
この小さな町に10月、新しい診療所ができました。
診療所の入り口には柄の長いほうきを持ち、天井の掃除をする男性がいました。
【觀田学さん】
「ここ虫だらけですからね、蜘蛛との戦いですので」
――Q:夜になると真っ暗?
「そうです、本当に真っ暗です。ローソンとうちの看板の光だけになるので、どうしても虫たちが集まってくるので」
院長の觀田学さん(44)。町にとって、待望のお医者さんです。
この日の患者さんは、明るいおじいちゃん。診察では何気ない会話も弾みます。
【患者】
「きのうも田んぼを触りにいってな」
【觀田さん】
「元気すぎる(笑)」
【患者】
「それで息子と大喧嘩して…」
【觀田さん】
「なんかあったら来てくださいよ」
【患者】
「閉まっていたらこられへん(笑)」
【院長】
「その時はその辺で捕まえてもらえたら(笑)」
近くに診療所ができて、お医者さんが来てくれた。
この町に住む皆さんにとって、とてもうれしい変化です。
【高齢の男性】
「近くにできて喜んでいるんです、いつまで生きるかわからんけど、将来車に乗れなくなってもここやったら歩いてきても楽だし、自転車でも来ても楽だしね」
【男性の患者】
「これから10年後20年後は助かる。若い先生に来てもらえたら。まだ両親も健在ですし、ここに来られたらなと」
開業するなら「生まれ育った町」で
この町で生まれ育った觀田さん。
医者になって以降、神戸市や姫路市などの病院で主に不整脈を専門に治療にあたってきましたが、キャリアを積むにつれ、ある思いが強くなったと言います。
【觀田学さん】
「開業するとなったらここしかないとずっと思っていて。地元に育ててもらっているという意識があるので、自分の力を発揮できるのはここしかないかなと思っていた。大病になる前に治す、高齢だからしないじゃなくて、どこに住んでいても受けられるのが大事だと思うので、そういう窓口になれたら」
この地区ではかつて觀田さんの母親の叔父が診療所を開いていました。
しかし觀田さんが幼い頃に死去。それ以降、40年以上も町に医者がいなかったのです。
”故郷に恩返しがしたい”
觀田さんは地区の住民から田んぼだった土地を譲ってもらい、診療所を開きました。
看護師の妻・五月さんも、それまでの職場を退職して夫を支えています。
国は「かかりつけ医」の充実を推進していて、医者がいない地区・いわゆる無医地区で觀田さんのように診療所を開く人は年々増えています。
専門的な治療をやっていた勤務医時代とは違い、診療所には誰でもやって来ます。
【觀田さん】
「手みせて。…絶対見せへんな」
中々、思うようにはいきません。
【觀田さん】
「ちょっと頑張ろうか、鼻こちょこちょさせてね。はいごめんごめん」
慣れないことも多いですが、一人一人丁寧に診察します。
――Q:事前に小児科の勉強もした?
【觀田さん】
「小児科の先生の処方をちらっと盗み見て、どんな処方したのかなとかね」
【妻・五月さん】
「求められるものがこんな多いとは思ってなかった、応えられることは、全部頑張ってこたえていこうと思ってね」
変わる「地域医療」、国の方針に不安も…
そんな中、厚生労働省は10月、ある方針を打ち出します。全国の公立病院などの「再編・統合」です。それぞれの病院が抱えている診療実績が少ない分野を近隣の病院にまとめて、医療の効率化を図るといいます。
がん治療や救急などが対象で、過剰なベッドの数を減らし医療費を抑えたい考えですが、最寄りの病院で治療を受けていた人の中には、遠方に行かざるを得ない人も出てくることに。
再編・統合の議論が必要として全国で424の病院が公表され、そのなかには、たつの市唯一の市立病院も含まれています。
国が示した公立病院の縮小を図るこの方針に、觀田さんも不安を感じています。
【觀田学さん】
「自分のクリニックで完結できる治療もたくさんあるが、大きな病院とのつなぎ役の役割もあって、つなぐ先がなくなったらどうしたらいいのかという不安もある。大きな病院の近くに住んでいる方はいいかもしれないけど、こういった地域になってしまうとそれがどんどん減っていく。非常に困ったことになるのでは」
変わりゆく医療環境のなか、自分にできることはなにか。
勤務医時代の方が収入は多かったといいますが、故郷で診療所を開くことに迷いはありませんでした。
【觀田学さん】
「自分が納得できないと苦労もできないので、一番大事だったのがここでというのが一番大事だったので」
【妻・五月さん】
「手紙を頂いたり『明かりを灯してくださってありがとうございます』とか。『安心しました』とか、『長生きしますってここで』そういう手紙を頂けるときはよかったなと思います」
小さな町に新しく灯された明かりが、地域の人々を支えていきます。