兵庫県丹波篠山市の酒井隆明市長は、この日、戸惑いを隠せませんでした。
【酒井隆明 市長】
「ささやま医療センターで、分娩を休止する意向を持っていることがわかりました」
市内で分娩を行っている唯一の総合病院が、今後分娩をやめると伝えてきたのです。
市民の間で広がる「動揺」
子育て世代の支援を積極的に行ってきた市には、まさに寝耳に水。
市はすぐさま検討委員会を設置。市民の間でも、動揺が広がっています。
【市民】
「産婦人科自体が少なくなっているので、選択肢が少なくなるし、遠くなればなるほど不安も大きくなりますから…」
【市民】
「うちの娘も里帰り出産で兵庫医科大お世話になったので、やっぱりあればうれしい。なくなったら里帰り出産もなかなか無理かもね」
【酒井市長】
「市内(の総合病院)で分娩できないとなると、いくら合理的な理由があったとしても、なかなか市民や若いお母さんは理解されません」
ささやま医療センターは、兵庫医科大学の附属病院です。
市で最大規模の総合病院として中心部にあり、市内の約3割にあたる分娩を取り扱っています。
産科医療の中核的な役割を担ってきたため、市は「産科の存続と充実」を求めて約10年前から
病院と協定を結び、これまで補助金も支給してきました。
【病院を利用する妊婦】
「一人目は違う病院だったけど、二人目なのでちょっとでも近いほうがいいかなということで、この病院を選びました」
【病院を利用する妊婦】
「総合病院なのでもしものときに、つわりとかで毎回入院していたので入院できるし、産後は小児科があるからもし問題あったら小児科へ」
妊婦から寄せられるのは、信頼の声。
それなのになぜ、病院は分娩を取りやめる方針を示したのでしょうか。
医師2人で…「ぎりぎりの体制」
ささやま医療センターの医師は、兵庫医科大学から派遣されています。
常勤は、副院長も務める田中医師と、研修医の磯野医師の2人のみ。
日中の外来診療に加え入院する妊婦への対応、さらに、田中医師は自宅を離れて病院の近くに住み込み、いつ始まるかわからない分娩や、容体の急変に備えています。
【病院を利用する妊婦】
「夜中に出血して、切迫早産の疑いで入院したんですけど、夜中に電話してもちゃんとフォローしてくださるところは安心」
【病院で出産した女性】
「土曜日の夜に出産しました」
――Q:先生は病院にいた?
「わざわざ出てきていただいて。なにかあったらすぐ来てもらえると言ってもらっていて」
24時間365日、いつ何が起こってもおかしくない、産婦人科の現場。
2人の医師で対応するのはギリギリの体制ですが、全国的に産科医が不足する中、医師を増やしてもらうこともできません。
【磯野路善 医師】
「どうしても2人で回さないといけないから回している状況。何かがあったときの対応が遅れちゃったりとか、バタバタしてる時にお産があったら患者さん待たせちゃうし、ないがしろにしちゃうところはあるかなという印象」
分娩の途中で突然出血が増えた場合や、帝王切開の手術をする場合、基本的には2人の医師で対応します。今の体制では夜間やお産が重なったとき、すぐに2人の医師がそろえるとは限りません。
『何かがあったときに十分な措置を行えないかもしれない』
母と子、2つの命を預かる医師にとって、分娩休止の判断は妊婦の安全と安心を考えた結果でした。
【田中宏幸 医師】
「この体制でなにもなかったので、これからもいいのかと。いくらローリスクとはいえ何があるかわからない。それが条件のいい場面、医師もたくさんいる場面で起これば十分対応できるけど、そういう対応ができないことも考えられる」
ささやま医療センターの片山院長は、妊娠初期の診察は続けつつ、分娩は医師の人数や設備が整っている市外の大規模病院に集約する方法のほうが安全を維持できると考えます。
【片山覚 院長】
「どこで分娩するかではなくて、最終的に妊娠出産のプロセスが最も安全に行える方法を産科医療の充実と考えています」
難しい課題…「先が見えない」
遠くても体制の整った病院で出産する方が安全だとする病院と、近くの病院で信頼する先生に診てもらえた方が安心だという市民。
市内には分娩を取り扱う個人経営のクリニックが1つありますが、「総合病院だから小児科医・麻酔科医もいて手術の時も安心」などという理由で、ささやま医療センターを選んできた市民にとっては代わりになるものではありません。
【丹波篠山市 酒井隆明 市長】
「医大に(分娩継続の)努力を提案する。できればそれでいくし、できなければ次どうするか。先が見えません。大変難しい課題が出てきたと思っています」
病院が提示する分娩取りやめの時期は、来年3月末。
「安全安心」を求める市民と病院との議論は、どうまとまるのでしょうか。