京都大学iPS細胞研究所。1階にはズラッと名前が並んでいるのですが、
それらは「寄付をしてくれた人たちの名前」なんです。
世界最先端の研究所であり続けるためには、国からの「補助金」に加え、「寄付金」も重要なんです。
そのため、iPS細胞研究所には寄付を集める専門家、
その名も「ファンドレイザー」がいるのです。その仕事に密着しました。
■期待と思いが込められた寄付金を「受け取る」仕事
全身の筋肉に骨ができる難病「FOP」の患者、山本育海さん。
山本さんは動くと全身に新たに骨ができるリスクがある患者です。
そのリスクを冒してまで、iPS細胞研究所への支援を呼び掛ける活動を続けている「寄付者」でもあります。
【難病FOP患者 山本育海さん】
「難病という文字が無くなればいいなと思って、iPS細胞研究所を応援したいと」
そんな思いが込められた寄付金を受け取るのが、iPS細胞研究所・渡邉文隆さんの仕事です。
渡邉さんはiPS細胞研究所の難病研究を進めるための「寄付」を集める専門職、
『ファンドレイザー』です。
この日は山本さんの寄付金集めの活動に同行していました。
■今や医学研究は「チーム戦」…ファンドレイザーが「資金を確保」
寄付金は、いくらiPS細胞研究所といっても、ただ待っているだけでは集まりません。
【iPS細胞研究所 ファンドレイザー渡邉文隆さん】
「今、医学研究はチーム戦になっているなと思っていまして。
チームのメンバーに加わって資金を確保してくる役割なんだという気持ちでやっていますね」
だから、ひたすら動く!それがファンドレイザーです。
【iPS細胞研究所 ファンドレイザー渡邉文隆さん】
「おはようございます、iPS細胞研究所の渡邉と申します」
まず訪れたのは弁護士事務所。
【渡邉さん】
「おかげさまで遺言書の寄付の相談が多くて」
最近、遺産を寄付したいという申し出が増えたため、法律的なアドバイスをもらいにやって来ました。
【まこと法律事務所 北村真一弁護士】
「どういう人たちのための研究なのかというのが見えると、もっともっと来ると思いますわ」
【渡邉さん】
「もうちょっとしっかりした(遺産の寄付の)資料を作ろうと思っていまして、できたらまたお送りしますので」
ファンドレイザー渡邉さんの一日は、とにかく忙しい!すぐに次の訪問先へ。
チャリティゴルフコンペを開催し、毎年多額の寄付をしている団体です。
【関西経営管理協会 鳥越孝理事長】
「ロータリークラブのリストが。大阪府一円だけなんですよ。
一応(寄付の)ご案内を送ってみたらどうかなとおっしゃっていただいたんで」
【渡邉さん】
「素晴らしいです!」
興奮を隠せない渡邉さん。
手渡されたのはそれほど、貴重なリストのようです。協力者を作るのも、ファンドレイザーの仕事なのです。
【関西経営管理協会 鳥越孝理事長】
「iPS細胞が医療業界、社会を変えてくれると思うので、なんとしても応援したいと思いますね」
【渡邉さん】
「ありがとうございます」
■「長男を救ってくれた医療を支えたい」転職してファンドレイザーに
渡邉さんが寄付集めにここまで動き回る理由は何なのでしょうか。
【iPS細胞研究所 ファンドレイザー渡邉文隆さん】
「前職のときに長男が病気で生まれてきまして。食道閉鎖症という病気だったんですが、
食道が行き止まりになっているので、手術しないと絶対に死ぬと」
生後2日で6時間にも及ぶ手術を受けて、長男は助かりました。
渡邉さんは「長男を救ってくれた医療を支えたい」と、
サラリーマンを辞めてiPS細胞研究所に転職しました。
そんな渡邉さんに、ファンドレイザーとしての姿勢を強く意識させる出来事がありました。
【渡邉さん】
「寄付の目録になくなられる前に旦那さんが書かれた文字があって、
このお金を医学の発展に生かしてほしいという直筆の文字を見たんです。
それが今でも忘れられないですね。文字に込められた強い思いというのは」
■真面目な人柄、夢の中でも「論文を読む」
つかの間の休息、iPS細胞研究所の同僚と昼食をとる渡邉さん…
【渡邉さん】
「ツルネっていうさ、アニメが正月にまとめて放送されたの知ってる?知らないでしょ。
これね面白いんだ。弓道漫画なの。ツルネを見て、ついつい通販でゴム弓を買っちゃって」
【iPS細胞研究所 徳永愛子さん】
「それで練習するんですか?」
【渡邉さん】
「してる。家で。もう半年やって飽きなかったら弓道場行こうかなと思って」
【徳永さん】
「半年って長くないですか。一年の半分ですよ。長すぎじゃないですか。
自分に強いるあれが。そういうところが真面目ですよね」
やっぱり真面目。私生活でもこんな調子なのでしょうか。
【徳永さん】
「人生の9割が渡邉さんは真面目な生き方をされているので。夢でも時々また昨日論文読んでいる夢を見たと」
【渡邉さん】
「アメリカの大学って寄付募集の長い歴史があって、
こういうことをやったらうまくいった、行かなかったというのが論文にまとめられているんです」
【記者】
「寝る前に読むんですか?」
【渡邉さん】
「読みますね。変態ですけど。本当に」
■国から補助金もあるが…それでも「寄付金」が必要な理由
これはiPS細胞研究所の予算です。
全体で「63億円」、寄付はそのうち「約5億6000万円」なのに対し、
国からの研究費は「50億円」もあります。
どうして寄付が必要なんでしょうか。
【iPS細胞研究所 山中伸弥所長】
「国の政策として研究費のほとんどは単位が数年間、その数年あとはどうなるかわからないというお金ですから、
(寄付は)研究所全体の環境整備や若手研究者の教育に活用させていただいています」
■寄付金で外国人研究者を呼び寄せ…世界最高の水準での研究を
iPS細胞を使って、研究を続けているニコラス・ボイドーギビンスさんは
イギリスからやって来てた研究者です。
小児がんの研究を続けているニコラスさんの人件費は寄付金から出されています。
【iPS細胞研究所 ニコラス・ボイドーギビンス研究員】
「たくさんの知識を得られて、世界中の人を助けるためにその知識を使う機会をもらったよ。
僕がこのプロジェクトをするためには寄付金が不可欠なんだよ」
寄付金を使ってまで、ニコラスさんのような外国人研究者を呼び寄せるのにも、大きな理由があるのです。
【iPS細胞研究所 山中伸弥所長】
「研究というのは日本だけでできるものではないです。
日本の患者にまず届けたいですが、同時に世界中に届けたい。
世界トップのレベルの研究をしないと結局スピードが遅くなってしまうので、国際化はもはや必須になっています」
■寄付者の想いを研究に生かし、患者の未来を変えたい
【感謝状贈呈式】
「ありがとうございました」
去年12月、渡邉さんが最も大切にする仕事がありました。
寄付をしてくれた人への「感謝状の贈呈式」です。
受け取るのはiPS細胞研究所の支援を続ける難病患者の山本育海さんと募金活動をした15校の高校生たちです。
【感謝状を受け取った高校生】
「私は研究者でも何でもありませんし、薬も作れません。
でも高校生として募金活動を通して何か少しでも支援したいなと思って参加させてもらいました」
【感謝状を受け取った高校生】
「すごいことはできないですけど、知人や後輩につないでいって継続できるように協力していきたい」
【iPS細胞研究所 ファンドレイザー渡邉文隆さん】
「すごく高校生の方々の言葉にぐっと来てしまいまして、
一つ一つこういう体験が高校生の人生をちょっとずつ変えたりとか、
ひいては患者さんの未来を変えると思うと、うれしいなと思います」
寄付にはそれぞれの思いが込められています。
難病の治療法が解明されるのを待つ患者のために、渡邉さんは研究者とともに進んでいきます。