取材班が訪ねたのは、福岡市に住むある家族です。
1歳の長男、夫と
3人で暮らしている満島かなえさん(仮名・32歳)。
幸せな生活が一変したのは、今年4月。
かなえさんが、つかまり立ちを始めたばかりの長男(当時生後9ヵ月)とリビングにいたときでした。
【かなえさん】
「ここにつかまって立っていて、私は洗い物していて、ガタンガタンとゴミ箱を触る音がしたんです。危ないなと思った瞬間に…」
【かなえさん】
「ゴンっていう鈍い音。今までにないくらいすごい泣いていて、私もびっくりして抱きかかえてあやしてなでてしたんですけど、
全然泣き止まなくて」
その後、長男は意識を失い、かなえさんは119番通報。
長男は病院に運ばれます。
長男には、脳内で急性硬膜下血腫が見つかったものの手術は必要ないということで、1週間の入院となりました。
そして退院の日、ずっと病室で付き添っていたかなえさんは、別の部屋に呼び出されます。
【かなえさん】
「医師からの病状説明の後、児童相談所の方が3名こられて、用紙を見せられて、出血(急性硬膜下血腫)と
眼底出血が2つあるので、虐待の疑いで一時保護しますとはっきり書いてありました」
突然、虐待を疑われ、児童相談所から長男と引き離すことを告げられたのです。
かなえさんが病室に戻ると、長男の姿はありませんでした。
【かなえさん】
「からっぽでした。原則2か月保護しますって言われたときに、2カ月が長すぎると思ったのと、
突然自分の目の前から連れて行かれたのがショックで、何も考えられなかった」
児童相談所に「虐待が疑われる」と通告をしたのは病院でした。
病院の医師が疑ったのは、乳幼児を激しく揺さぶることで脳に損傷を与える
「揺さぶられっ子症候群」(通称SBS)。
かなえさんがいくら事故だと訴えても「家庭では起こりえない」と信用してもらえませんでした。
SBSの問題に取り組む弁護士は「こういった相談が全国から寄せられている」と話します。
【SBS検証プロジェクト事務局長・川上博之弁護士】
「この1年間で全国で30件くらい、大阪でも7~8件くらいある。一番多いのは家庭内での転倒ですね。あるいは落下。
そのような事故のエピソードがあるにもかかわらず、そういう意見をくんでもらえなくて、虐待の疑いがあると
言われてしまっているケースが、7~8割占めているのではないかと思います」
そして、親が事故だと主張し続けた場合、
2年近く子どもが戻されないケースも少なくないというのです。
なぜ家庭内での事故だという親の説明は信じてもらえないのでしょうか?
福岡市の児童相談所は、「基本的に厚生労働省のマニュアルに従って対応している」と話しました。
【上田大輔記者(厚労省前)】
「厚労省のマニュアルには、家庭内での転倒・転落だと説明した場合、必ずSBSを第一に考えなければならないと書かれています」
厚生労働省が児童相談所向けに出しているマニュアル「子ども虐待対応の手引き」。
ここには、「90㎝以下からの転落や転倒で硬膜下出血が起きることは殆どない」、
「(親などが)家庭内の転倒・転落を訴えた場合には必ずSBSを第一に考えなければならない」とあります。
この記載は、5年前、新たに追加されました。
8年前まで虐待の対応をしていた児童相談所の元職員にマニュアルを見てもらいました。
【中京学院大学看護学部・元山彩織教授】
「この書き方をしていると、とにかく(医師の)診断がついたら保護に向けて頑張ろうっていうような意味あいにとれる」
(Q.それ(マニュアル)にしたがって積極的に一時保護するようになった?)
「これ見るとそういう傾向になってしまっているとすごく思いました」
そもそもマニュアルには医学的に確実な根拠があるのでしょうか?
取材班は、頭のケガに詳しい医師のもとを訪ねました。
小児脳神経外科の西本博医師。頭のケガについて虐待と事故を見極める研究に長年取り組んできたこの分野の第一人者です。
【西本博医師】
「日本ではどういうわけか乳児の急性硬膜下血腫が虐待しかないように思ってしまっている感がかなりある。
虐待専門家の中でも。それは非常に間違いです」
西本医師によると、乳児の急性硬膜下血腫には、激しい揺さぶりなどの虐待によるものと、事故によるものの2つがあります。
しかし、約50年前に国内で報告された「事故による急性硬膜下血腫」は、今ではほとんど忘れられているというのです。
【西本博医師】
「虐待の専門家というのは小児科を中心とした先生方になるんですけど、基本としている知識がすべて輸入品。
外国の知見を第一にしている。外国は『家庭内で起こる(事故による)急性硬膜下血腫』は認めていない人が多いわけですから」
5年前に日本の小児科医が翻訳したアメリカの教科書。
ここには、頭のケガが『家庭内の低い位置から転落したことによると語られ(た)場合、
特に虐待である可能性が非常に高い』と書かれています。
今年8月、西本医師は、家庭内での事故でも急性硬膜下血腫や眼底出血が生じることを一般向けに説明した本を出版しました。
【西本博医師】
「もう少し研究を進めて、小児科医が納得してもらうだけの根拠を作らないといけないと思う。
かなりの年数を要するので、その間、虐待と間違えられて犠牲になる親子が出る可能性があるので、急きょ本を出版しました」
今年4月、虐待を疑われ、長男が保護されたかなえさん。保護から2週間後、児童相談所から突然電話がかかってきます。
預け先の乳児院で長男が後ろに転倒し、意識を失って病院に運ばれたという連絡でした。
【かなえさん】
「意味が分からなかった。連れて行かれる時に、保育士も看護師もいるので安心してくださいと言われてたのに、
そういう事故を起こしたので信じられなくなって」
乳児院での事故からすぐに児童相談所は家庭訪問を行い、いったん祖父母の家に戻すことを条件に、
保護から34日後に一時保護を解除。児童相談所からは「異例の早さだ」と強調されました。
【かなえさん】
「地獄の34日でしたね。長かったです。言葉悪いですけど、拉致ですよね。
向こうは保護って言いますけど。連れて行かれたこちらからすれば、誘拐された」
厚生労働省は、関西テレビの取材に対し、
『現時点で(マニュアルの)SBSに関する記載を見直す予定はない』とコメントしています。