奈良市の小学1年・有山楓ちゃんが誘拐され、殺害された事件から、17日で19年になりました。当時、捜査の陣頭指揮を執っていた奈良県警の現場トップが、初めて事件の真相を語りました。
17日、楓ちゃんが通っていた小学校では、命の大切さについて考える「いのちの集会」が開かれ、児童約390人や保護者が参加しました。集会では児童が、楓ちゃんが亡くなった年齢に合わせて、7回鐘を打ち鳴らしました。事件当時6年生の担任をしていた後藤誠司校長は、被害者や加害者を生まない社会への思いを話しました。
【奈良市立富雄北小学校 後藤誠司校長】
「皆さんには人を傷つける人にも、傷つけられる人にもなってほしくありません。優しい気持ちで人に接してください。自分も人も大切にしてください」
■捜査を指揮した元捜査一課長 今は児童の登下校を見守る
事件から19年がたち、当時、現場で指揮を執った奈良県警の元捜査一課長が事件の真相を語りました。
「さよなら~」
下校する小学生に声をかける男性。児童の見守り活動を行う、葛本英治さん(74)です。葛本さんは、奈良県警で刑事として37年間働き、殺人など凶悪事件の陣頭指揮を執る捜査一課長も務めました。その時に起きた“ある事件”が忘れられないと話します。
【葛本英治さん】
「何ら罪もない、それと将来性ある、小学1年の児童。誘拐されて殺害された。私の一生に残る事件と思っています」
今から19年前の2004年11月17日。奈良市で、午後1時ごろに1人で下校していた小学1年の有山楓ちゃん(当時7歳)が家に帰って来なかったため、午後7時ごろに家族が警察に通報しました。
【葛本英治さん】
「なんか刑事としてね、そういう感覚というのかね、だいぶ時間がたっているので、何かの犯罪に巻き込まれていると。無事に帰ってほしいなと」
そして午後8時過ぎ、母親の携帯電話に届いたのは、楓ちゃんの携帯電話から送られた1通のメールでした。
「娘はもらった」
奈良県警は誘拐事件として100人態勢で捜査していました。
しかしメールが届いてから約4時間後の18日午前0時過ぎ、楓ちゃんは自宅から6キロほど離れた平群町の道路の側溝で、遺体で発見されました。
【葛本英治さん】
「生きていてほしいなって気持ち。もう『絶対捕まえたる』ってことはここで」
「(楓ちゃんは)学校の給食時に重たい荷物を持って忙しくしている生徒を見たら、『私が持ってあげる。私が手伝うよ』とものすごく優しい子だったと聞いています。もうその時は涙が出てきました」
17日、マスコミに公開されたのは、楓ちゃんの父・有山茂樹さんがつづった手記です。事件から19年という時間の経過に、複雑な胸の内を明かしました。
「あの日楓が歩いて帰っていた道を下の娘と今年初めて歩きました。楓の手掛かりを探しながら歩いた道はとても長く感じました」
「楓を守ってやれなかった後悔だけは今も変わることもなく、時間だけは過ぎていきます」
■事件から19年たって語られた捜査の真実
事件から19年、今回の取材で明らかになったことがあります。当時はまだ設置数が少なかった、防犯カメラの捜査についてです。県内では延べ7500人の捜査員による聞き込みや遺留品の捜索が連日行われていました。その中で見つかったのが、あるマンションの防犯カメラに映った“1台の車”でした。
【葛本英治さん】
「『これはおかしい』と車両班から出してきて。見たら『間違いない、おかしいな』と。これ(道路)をUターンした。そのときの写真が(防犯カメラの)映像に映っていた。カローラ2です。薄緑色かな。東から入って、西に向いて走っています。そこでUターン。(誘拐されたのが)13時50分 その4、5分前ですね」
何かを追うようにUターンした車。向かったのは、楓ちゃんが歩いていた道の方向でした。捜査員が覚えた違和感が、犯行車両の特定につながったのです。
また「携帯電話による居場所の割り出し」も、当時はまだ珍しいものでした。19年前、携帯電話の解析にあたった山村和久さん(56)。現在は、西和警察署の署長をしています。
【西和警察署 山村和久署長】
「(当時)私が捜査一課の特殊犯の係長。まだその電話捜査が確立されてなかったので、手探りで」
携帯電話にまだGPS機能がなかったため、発信履歴をもとに、近くの基地局から犯人の居場所を絞り込んでいくという地道な捜査が行われていました。
そして、事件から1カ月がたとうとしていた12月14日。
「次は妹をもらう」
再び楓ちゃんの携帯電話を使って、犯人から母親にメールが届いたのです。
実は、そのころ…
【西和警察署 山村和久署長】
「自分の携帯に(メールを)送ったんですね。楓ちゃんの携帯から。(携帯を)持っているのが犯人やと」
メールの送信を突き止めたことで、捜査線上に1人の男が浮上しました。
そして…
【西和警察署 山村和久署長】
「張り込みをしていた家で、たまたまカローラ2がとまった。カローラ2は誘拐現場でかすかにマンションのビデオに映っていた。これが容疑車両」
点と点が一つに結び付いた瞬間でした。
■防カメと携帯電話の解析が逮捕につながる
楓ちゃんのために、第2、第3の被害を防ぐために、犯人を捕まえたい。事件発生から44日目…
【(当時)奈良県警捜査一課長・葛本英治さん 2004年12月30日】
「事件の被疑者を逮捕しました」
奈良県警は新聞配達員の小林薫容疑者(当時36歳)を、楓ちゃんを誘拐した疑いで逮捕。その後、殺人などの疑いでも再逮捕しました。
【葛本英治さん】
「本人の居住しているハイツから(楓ちゃんの)携帯電話、ランドセル、楓ちゃんの作っていた品物が出てきた。完全な確証、物証ですね。『一分(いちぶん)の無念を晴らしたよ』という気持ちで御仏前で手を合わせました。凶悪。ほんまに何も罪のない子どもですわな」
その後、2006年9月の裁判で、小林被告に対し、「人格の矯正可能性は極めて低い」「被告人自身の生命をもって罪を償わせるほかない」として、死刑判決が言い渡され、2013年2月、刑が執行されました。
楓ちゃんが誘拐されたのは、マンションなどが立ち並ぶ大きな道路沿いでした。
【葛本英治さん】
(Q.ここから?)
「(車に)乗った。『送っていってあげようか』言うて」
午後2時前、白昼の出来事でした。 1人で下校していた児童が被害にあった事件は“子どもの見守り”に大きな影響を与えました。全国各地で防犯カメラの設置が進み、子どもの見守り活動が始まった街もありました。
【葛本英治さん】
「これ(張り紙)つけました」
事件の陣頭指揮を執っていた葛本さんは、今でも毎日のように、地元の見回りを行っています。
【葛本英治さん】
「(警察)辞めてからやから14年間。夜回る時もある、近くは」
「青色防犯パトロール」のボランティアとして子どもたちが安全に下校できるよう、見守る活動もしています。
【葛本英治さん】
「不審者とか声掛けの人の警戒。(横を通った子どもたちに)気を付けて帰ってくださいよ。バイバイ。ここを(児童は)帰ります。一人で帰ったり。危ないやろ、誰でも。パッと引っ張り込まれたら。不審者がいて(防犯パトロールの)青パト見たら『事件起こしたらあかんな』と思うね」
葛本さんが事件を通して感じたことは、子どもの安全を守るためには、「地域の目」が重要だということです。
【葛本英治さん】
「楓ちゃんみたいな事件を発生させない、発生してはならないという気持ちで回っています。何かしながらとか、皆さんがそういう目で見ていたら犯罪も減っていくし、事件もなくなっていくなと私は思う。体の続く限りやっていきたいなと思います」
楓ちゃんの父・茂樹さんも、子どもたちの安全を願い続けています。
「それでも今もたくさんの方が楓を覚えていてくれることは私にとって楓が7年間をしっかり生き抜いてきた証だと思います」
「悲しみや苦しみは時間が解決はしてくれません。このような思いを誰もしないためにも、子どもたちが被害に遭わない社会を心から願います」
(関西テレビ「newsランナー」 2023年11月17日放送)