「ダメな時は死ぬしかない」 諦めを口にする“災害弱者”を置き去りにしない! 水害の危険がある自宅に住む難病患者 人工呼吸器をつけたままの避難訓練で「安心できました」と笑顔 「誰も取り残さない防災」を目指す人々の挑戦 2022年09月13日
台風シーズンで大雨による災害が心配される中、全国で770万人以上いるとされているのが、高齢者や身体が不自由な人たち、いわゆる「災害弱者」です。
危険が迫っていても、避難所に行くことができない、災害弱者の人たちが置かれている現実を取材しました。
■「災害が起こった時は死ぬしか…」 アンケートに寄せられた災害弱者の切実な声
自治体のアンケートに寄せられた、重い病気を抱えた人たちの切実な声です。
「ダメな時は死ぬしかないと思っています」
「災害が起こっても無理に生き延びたいとは思わない」
自力で避難することは簡単ではありません。
【難病患者】
「この呼吸器が付いた時点で停電は駄目でしょ。限られている時間では、もしかしたら生き延びられないだろう」
■多くの“災害弱者”を襲った…11年前の紀伊半島大水害 足の不自由な友が…避難できず自宅と共に濁流に
2011年9月に台風による記録的な豪雨が紀伊半島を襲った「紀伊半島大水害」。2500棟以上の住宅が浸水し、14人が犠牲となった和歌山県新宮市。被害を受けたのは多くの“災害弱者”たちでした。
9月4日に和歌山県新宮市で、紀伊半島大水害犠牲者追悼式が行われました。
「ただいまより紀伊半島大水害犠牲者追悼献花を始めさせていただきます」
新宮市で飲食店を営む竹田愛子さん(81)。一緒に働いていた下地千代子さん(当時75)を水害で失いました。
【竹田愛子さん】
「この方が下地さんです。足を悪くしてみんなで見舞いに行ったんです。大きな声で笑う人やったよ」
当時、下地さんは自宅がある高台まで水が押し寄せたため、夫と共に裏山へ避難しようとしました。しかし、足が不自由だったため斜面を登ることができず、1人で引き返し、水没した自宅で亡くなりました。
【竹田愛子さん】
「あそこくらいから上がれるようになっているから、山の中歩くっていったって雨の土砂降りの中やからきつかったんだろう。みんなによくしてくれた人やから思い出すと寂しいわ」
避難したくてもできない、過酷な現実。「災害弱者」の中には、状況がさらに深刻な人たちもいます。
■人口呼吸器が必要な“難病患者”の現実 「いざというときは他の人優先して」
大阪府寝屋川市が、寝たきりの患者およそ50人を対象に、災害時の避難行動についてたずねるアンケート調査を行いました。
調査の結果、「避難しない」「分からない」と回答した人はあわせて8割にのぼることが分かりました。
寝屋川市で夫と2人で暮らす中井ハルノさん(75)。3年前、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病ALSと診断されました。
症状が進行し、口からは水分しか取れなくなったため、胃に穴を空けてチューブから栄養をとります。生きていくためには、人工呼吸器が必要です。
【中井ハルノさん】
「台風とか嫌だ」
【ヘルパー】
「寝屋川は水害もあるからね。午前中、行った家で土のう作っていました。あそこの家何年か前に浸かっていたからね」
【言語聴覚士】
「発音練習していきます。挨拶を少ししていきます」
「おはよう おはよう こんにちは こんにちは こんばんは こんばんは」
これは筋肉を弱らせないよう、声を出して行う「リハビリ」です。毎日、これが欠かせません。
【中井ハルノさん】
「人と接したら楽しいですよ。1人でいたらついつい、いらんことを考えてしまう」
寝屋川市のアンケートに、ハルノさんは「災害が起きたら、だめな時は死ぬしかない」と答えていました。
医療機器の運搬は難しく、避難所に行けたとしても医療のサポートはありません。自分よりも他の人を優先して助けてほしいと、避難を諦めるような気持ちになっていたのです。
【中井ハルノさんの夫】
「ここ全体が災害で避難するようになるなら最後になる。最後というのはみんな健常者よりは後に行かないといけない。僕はそう思うけどね、本人も納得しています。結局、元には戻らないし」
■「災害弱者」を取り残さないために…寝屋川市の新たな取り組み
避難せず自宅にとどまることが、どれだけ危険な選択肢か、寝屋川市保健福祉センターの担当者には分かっていました。
ハルノさんの住む集合住宅は河川のすぐ近く。大雨などで川が氾濫した場合、5メートルから10メートルの浸水が想定されています。部屋まで水が来なくても停電が起きれば命綱の人工呼吸器が止まってしまいます。
災害弱者を支えるために。寝屋川市はことし、新たな取り組みを始めました。
台風が来ると予想される時などに、避難所ではなく、病院に避難してもらおうというのです。
病院での滞在費や移動にかかる介護タクシー代など1日2万円、最大2週間分の費用を市が補助します。
【寝屋川市の職員】
「ハルノさんが『災害になったら私より若い人、元気な人』って言ったから涙が出て。いやいやそんなことはない、病院でお元気で過ごしてもらって。少しでも自宅で同じように過ごせるように一緒に考えますので」
いざという時にスムーズに避難できるのか。市は、避難訓練を実施しました。
【介護タクシー】
「しんどいちょっと?」
【中井ハルノさん】
「大丈夫です」
【介護タクシー業者】
「ちょっとドキドキするね。ごめんね1 、2 、の3」
負担をかけないよう、できるだけ体をまっすぐにして運びます。室内から外へ向かうことは簡単ではありません。
持ちだした人工呼吸器のケーブルが絡まりそうになる時も。
【介護タクシー業者】
「ちょっと引っ張ってないかな。お父さん、酸素引っ張っている」
呼吸器は命を守る最後の砦。細心の注意を払って扱います。
【介護タクシー業者】
「お母さん、足元寒くない?」
大きなトラブルもなく無事、病院に到着。自宅からここまでわずか10分で避難することができました。
【中井ハルノさんの夫】
「ありがとうございました」
【中井ハルノさん】
「安心できました。協力してもらえたらすごく助かります」
9月6日、台風のニュースをテレビが伝えていました。
【TVの音】
「大型で強い台風11号は島根県沖の日本海で北上を続けていて…」
台風で1人が死亡したことが伝えられました。ハルノさん夫妻には、他人事とは思えませんでした。
いつか、必ずやってくる災害。懸命に生きようとする人たちを取り残さないためにどうすればいいのか、模索が続いています。
(2022年9月12日放送)