2017年11月28日(火)深夜1:25~2:35
平成29年度文化庁芸術祭参加作品
誰にも言えなかった ~ハンセン病家族の告白~

誰にも言えなかった ~ハンセン病家族の告白~

内容

兵庫県尼崎の市役所で働く黄光男ファングァンナムさん(62)。
在日朝鮮人二世です。
黄さんが16歳の時に書いた日記が見つかりました。
保存していたのは、高校時代の担任教師、金重紘二さん。
そこには悲しい過去がつづられていました。

『急に先生に言いたいことが頭に浮かんだので書きます。
僕の生い立ちみたいなん、書くけど、こんなん、今まで誰にも言うてないことや』
そこに書かれていたのは、家が貧しく児童養護施設で育ったこと、そして、ずっと会えなかった母への憤り。
しかし、この少年時代の告白には、その原因となった事実が伏せられていました。
それはあの頃、「ハンセン病患者の母が隔離されていた」ということです。
ハンセン病は“らい病”と呼ばれ、誤解と偏見のために患者が差別され、国が患者を社会から隔離していました。

黄さんにとって金重先生は、朝鮮人として堂々と生きることを教えてくれた人です。
先生は、大学時代からハンセン病療養所でボランティアをしていました。
しかし黄さんは、その先生にすら、ハンセン病の母親を持つことが言えなかったのです。
ずっと「誰にも言えない」まま大人になりました。
そして、運命は不思議な方へ―。
金重先生は教師をやめ、ハンセン病療養所のケースワーカーになる道を選びます。
半生をハンセン病の患者とともに歩みました。
最近になって、教え子である黄さんが「ハンセン病の家族だった」とわかり、言葉を失ったといいます。
そして、黄さんの母親がその後に歩んだ哀しい人生を知り、悔やむのです。

「あの時、彼と“ハンセン病”について話し合えていれば、母と子の関係は違ったかもしれない…」と。
あれから46年。
62才になった黄さんは、金重先生の家を訪ねました。
そこで初めて、少年時代の自分の心に向き合います。
ハンセン病は、患者だけでなくその家族までも苦しめてきました。
この番組では、黄さんの姿を通じて、ハンセン病の家族がどのような思いをして生きてきたのかを描きます。

あなたが彼の立場なら、どう生きますか?

ナレーション

竹下景子

スタッフ

ディレクター:柴谷真理子
撮影:本中貴久
編集:樋口真喜
プロデューサー:萩原守、兼井孝之