2016年8月30日(火)深夜1:55~2:55

望郷の河

内容

黒田雅夫さんと孝義さんの兄弟は、それぞれ79歳と76歳。2人とも髪は真っ白だ。
高齢になった兄弟の関係は疎遠になってしまっている。
その原因は、兄は日本語しか話せず、弟は中国語しか話せないからだ。

兄弟の人生には戦争の歴史が深く関係している。
1932年から太平洋戦争が終わるまで、中国東北部に存在した日本の傀儡国・満州。
日本が移民政策を進める中、兄弟の家族も「満蒙開拓団」として中国に渡った。
兄は7歳、弟が3歳のときだった。
満州へわたった翌年、日本は敗戦。
同時に、満蒙開拓団をめぐる環境は激変する。ソ連が侵攻してきて、さらに現地の人たちが彼らを襲ってきたのだった。男性は兵隊にとられておらず、老人や女性、子供を中心とした逃避行は悲惨を極めた。黒田兄弟の母と祖父は、ようやくたどりついた難民収容所で命を落とす。
母は亡くなる直前、弟を優しい中国人に託し、兄には無理やりご飯を食べさせ生き伸びさせようとした。兄は孤児となり路上生活をしていたところキリスト教関係者に助けられ、帰国する。
生き別れになった兄弟は1987年、40年ぶりに再会を果たす。身元判明の決め手は、弟が兄との思い出を描いた河のスケッチだった。そして弟は「中国残留孤児」として帰国。しかし、日本での暮らしは、思い描いた理想とは違っていた…。
日本語が覚えられず、日本社会に溶け込めない現実。
帰国から30年近く経つ今も、「自分の国に帰って来たのに、日本人として扱ってもらえない」と疎外感を感じ「あのまま中国にいた方がよかったのか…」と悩む日々を送っている。
一方の兄は、戦後をたくましく生きぬき、5年前から「語り部」として活動している。
その活動がきっかけとなり、NPO岡山市日中友好協会と共に、満蒙開拓団の足跡を辿ることになった。兄は弟を誘うことに決めた。

兄が弟に見せたかったのは、かつて弟がスケッチに描いてくれた思い出の「河」。
2人は、地名すら定かではなかった開拓団の跡地を探して回る。

6日間の旅。
兄弟は何を語り合い、何を感じたのか―。

戦争に翻弄された兄弟。
その人生を通して、改めて戦争について考えます。


【スタッフ】
ディレクター:柴谷真理子(カンテレ 報道局報道センター)
カメラ:登島努(カンテレ 報道局報道映像部)
編集:野上隆司(カンテレ 報道局報道映像部)
企画:吉川浩也(ウエストワン)
プロデューサー:兼井孝之(カンテレ 報道局報道センター)

【ナレーション】藤田千代美