2014年9月27日(土)深夜1:35~2:30

うたと戦争~70年目の私たちへ~

企画意図

敗戦から69年。戦後生まれが国民の8割を占めるようになった。
国のあり様が変わるかもしれない「分岐点」の時代だからこそ、戦争があったころ、国民は何を考えて日々暮らしていたのか、歌を通して考えてみたい。

内容

歌には、その時代の空気がまとわりついている。戦争の歌には、軍歌や戦時下に歌われた軍国歌謡などがあるが、総じてメッセージ性が強い。
ただ、音楽としてつまらないものは流行らず、国民の感情にうまく合ったものが売れるという傾向は昔も変わらない。『露営の歌』や『愛国行進曲』など戦後でも耳にする歌は、当時の人々の気持ちに合うヒット曲だった。
大本営海軍報道部第一課長・平出英夫大佐の「音楽は軍需品なり」という言葉が残されているように、軍歌は軍隊の士気を高め、愛国心を奮い立たせるためのものが多い。
新聞社や出版社が公募したものも多く、当時のメディアが深く関わっていた歴史も見える。新聞社が軍歌の公募を積極的に行ったのが、発行部数競争のためだったというのも興味深い。
番組では、若き軍歌研究家・辻田真佐憲氏の解説や、戦前レコードのコレクター・保利透氏の資料や分析をもとに、「戦争の歌」が当時、誰のどういう思惑で生み出されていったかを紐解く。レコード会社や音楽関係者など「当事者の複雑な利害関係」がどう影響していったか、「時局便乗」の歴史には考えさせられる。
歌った人の思いも聞いた。「『海ゆかば』は宴会では歌わない」という戦艦「大和」の元乗組員の話を聞くと、改めて戦争の悲しさを思う。沖縄戦の悲哀を自分の娘たちに歌わせた「艦砲ぬ喰ぇー残さー」、沖縄の人の怒りや悲しみを「遺言」として残した男性の心を深く感じずにはいられない。
歌を通して日本が戦争をした頃の空気を感じ、改めて今という時代を視聴者とともに考えたい。
ディレクター:柴谷真理子(関西テレビ報道番組部)
プロデューサー:兼井孝之(関西テレビ報道番組部)