コロナ対策が”目詰まり”を起こす中、入所者のほとんどがコロナに感染する大規模クラスターが発生した高齢者施設。
混乱の中でも命を守る現場を追いました。
ことし1月末、奈良県内の高齢者施設で、医師が入所者に必死に呼びかけます。
【北和也医師】
「しんどいね胸が苦しい?」
入所者がコロナに感染し、そのご容体が急変したのです。
【施設の看護師】
「意識はあります。熱は最終で38度」
【施設職員】
「80切ってきてる!酸素、70台!(酸素投与の)マスクは付いています?」
高齢者の「生活の場」は一変しました。
【施設の看護師】
「野戦病院のイメージ、とてもひどい状態だったんですけど、施設で起こったらこうなると」
大規模クラスターに見舞われた高齢者施設。
“自力”だけでは立ち行かない厳しい現実が見えてきました。
■94人感染の大規模クラスターの現実 認知症などで感染対策難しい高齢者施設
奈良県の介護老人保健施設「悠々の郷」では80人が入所しています。
ことし1月、入所者69人と職員25人が新型コロナに感染する、大規模クラスターが発生しました。
病床ひっ迫のなか、ほとんどの感染者が入院できず施設での療養を余儀なくされました。
施設での感染の拡大を防ぐため、エリアを区切り陰性の入所者を隔離しますが…
【看護師】
「戻ろっか、危ないからねこっちは。ここさ、開けたら危ないねん」
陰性の入所者が、陽性のエリアに入ってきてしまいます。
その都度、看護師が入所者に声を掛け、慌てて陰性者のエリアに引き戻しました。
【看護師】
「眠たいね、マスクしといてくださいよ」
ほとんどが認知症で、マスクの着用も難しく、感染が広がりやすい環境でした。
また、介護はどうしても距離が近くなります。
職員にも次々と感染が広がり、深刻な人手不足に陥りました。
【クラスター対応した介護士は…】
「なるべくみんな消毒してるけど、これだけ感染力が強いというのがわかりました」
「心が疲弊してしまいますね。みんなが陽性になって休んでいく中、自分一人陰性でずっと働き続けていかないといけない」
こうした状況に、陽性でも出勤を申し出る職員も出てきましたが、そこに頼らざるを得ないこともありました。
【陽性で勤務した看護師は…】
「(私が出勤しないと)ナース不在の夜勤になっていたと思います。そういうことをするわけにはいかない。逃げ出したいですよね。ほんとのことを正直に言うと。でもここで生活をしてる方がいらっしゃると」
■診療した医師が直面した“自力”だけでの対応の限界
クラスターの期間中、診察に当たったのは、施設と同じ医療法人グループのクリニックで院長をつとめる北和也医師。
この施設の担当医が70代と高齢のため、感染リスクなどを考え北医師が臨時で入りました。
【北和也医師】
「調子どうですか。早めに入院できるよう手配してます。今日入院できるかわからないけど、なんとか、しんどくならないようにやっていきましょうね」
北医師が、クラスター対応に当たってまず感じたのは…
【北和也医師】
「介護施設で、治療するところでは基本ないので、抗原だって、PCRだって治療薬だってないし、どうするねんって思いながら。酸素吸入器も急に必要になったけどないし。ここでどうやって戦っていくんだろうと思って、考えを巡らせていたが『厳しい』って最初に思った」
施設には検査キットや防護服が十分になく、まずは物資をかき集めるところからのスタートでした。
知り合いの医師や近くの高校などからも物資の支援を受けました。
【北和也医師】
「ひげがボーボーで、恥ずかしいんですけど」
発生当初は、数時間しか眠れない日もあったといいます。
一人で対応しきれなくなる中、北医師は知り合いの医師や看護師に手あたり次第連絡し、助けを求めました。
【北和也医師】
「人とつながるまで耐えないとしょうがないのかなと。高齢者施設でどうしたらいいか、誰に相談したらいいかどこにも書いていない。ネットワークは自分で探してやるしかない。また相談させてください」
クラスター発生から5日。
その声に応じて、北医師とつながりのあった往診チームが駆けつけ、重症化リスクを下げる点滴薬を一斉に投与します。
その後も、看護師や薬剤師が応援に来ました。
しかし、すべての施設がこうした支援にたどり着けるわけではありません。
奈良県からの物資の支援は、初期対応の分のみ。
治療に当たる医師や看護師などの派遣はなく、各施設に対応を任せているのが現状です。
奈良県で第6波に入ってから起きた施設クラスターの件数は、第5波の8倍を超えています。
クラスター発生から17日。
「悠々の郷」では、新たな感染者は出ておらず、ほとんどの入所者の症状が落ち着いてきました。
しかし…
5日前から入院を保健所に要請していた80代の男性が急変しました。
北医師が診察に入ります。
【北和也医師】
「心不全の音も聞こえてるんですね。酸素(濃度)が上がらなかったら救急車呼んだ方がいい。(酸素投与)5リットルで昨日はここまでではなかったのにしんどそうで」
■療養期間が終わっても油断できない高齢者のコロナ患者
感染確認から9日が経過していましたが、コロナが引き金となり、持病の心不全が急に悪化していました。
一刻も早いコロナ病床への入院実現のため、救急搬送を要請します。
【救急搬送を要請する看護師】
「今、酸素投与5リットルで80%(=中等症)乗るか乗らないかくらいになってて。保健所には連絡してるんですけどまだお返事はなくて」
保健所や病床のひっ迫で、入院を数日間待っていた患者でも、急変してもすぐには搬送できず、ここから病院探しをしなくてはなりません。
【搬送先を探す救急隊】
「今病院確認してますからね、頑張りましょうね」
【北和也医師】
「こうなったらもう見守るしかないんですけどね」
いま、こうした事例が高齢者施設で増え、十分に治療を受けられないまま亡くなる人も出てきています。
【北和也医師】
「家族さんが日常を送るために(入所者を)送り出した施設であって、それが生きるか死ぬかの現場になっている。(家族が)どんな感じでこのクラスターという現実を考えていて、どういう目で施設を見てるんだろうと。そういうことは焦りの中で日々考えていました」
■およそ3週間にわたるクラスター収束―その後、待ち受けている現実
クラスター発生から20日。ようやく収束を迎えました。
しかし、今まで通りの日常にはすぐには戻りません。
食事が出されても、部屋に戻ろうとする入所者。
【職員】
「ご飯食べないの?」
【入所者】
「うん、食べない」
味覚障害などが残り、食事が思うように進まない入所者もいます。
療養中は寝ている時間が長かったため、体力もすぐには戻りません。
模索しながらも、再び施設は歩み出しました。
クラスターが残した爪痕に、向き合う日々が続きます。
(2022年3月1日放送)