「目をそらし続けたらなかったことに」 日々成長する命に恐怖… 支援必要な“特定妊婦” 妊娠から自立まで支える官民一体の取り組み 2022年06月27日
頼れる人が周りにおらず、一人悩む妊婦を受け入れる「マタニティホーム」。
ここで、人生を救われたと話す女性がいます。
孤立する妊婦を救う、ある支援の形を取材しました。
■支援が必要な「特定妊婦」 一人で抱え込み、痛ましい事件が起こることも…
【永原さん】
「荷物どれだけある? 私ちょっと自動車まわしてくるわ」
【あけみさん】
「すいません」
この日、マタニティホームを出ることになった、あけみさん(仮名・20代)。
彼女も半年前まで、身寄りのない“孤独な”妊婦でした。
神戸にあるマタニティホーム「Musubi」は、住む家や居場所がない妊婦のための施設です。
産前から産後まで過ごすことができ、助産師と保健師が病院や行政機関への付き添い、仕事や家探しの支援も行います。
Musubiを運営するのは、さまざまな事情を持つ妊婦の相談を24時間体制で受ける「小さないのちのドア」。
代表の永原郁子さんが、コロナ禍で身寄りのない妊婦を助けたいと、Musubiをつくりました。
【永原さん】
「(2020年)5月の最初の緊急事態宣言の時に、相談(件数)がグンと上がりましたので。ということは、その数カ月後には臨月を迎えて困る妊婦さんがきっとあるはずと思って、着工を」
予期しない妊娠や経済的な問題など、妊娠中から支援が必要な妊婦のことを「特定妊婦」といいます。
多くは家族と疎遠だったり、周りに相談できない事情を抱えたりしていて、病院に行かないまま一人で出産し、子供を遺棄してしまう痛ましい事件も起きています。
「小さないのちのドア」の無料相談にも、孤立する妊婦や女性から助けを求める声が毎日寄せられています。
【LINEで寄せられた相談】
「夜遅くにすいません。
未成年ですが大丈夫ですか?
まだ、分からないのですが妊娠してる可能性が高いと友達に言われました」
【「小さないのちのドア」の返信】
「妊娠しているかもと思うと不安になりますよね。
私たちでお力になれることがありましたら全力でサポートさせていただきます」
永原さんたちが続けているのは、相談を受けてから出産、そして産後に至るまで、切れ目のない支援。その運営の多くは、これまで「寄付」で賄われてきました。
2022年6月からは、兵庫県に委託される形で、事業を運営することに。
斎藤知事の視察などを経て、県がこの取り組みを「モデル事業」と認定したのです。
県営住宅への入居のあっせんや、就職先として県内の企業を紹介してもらえるようにもなります。
【斎藤知事】
「さまざまな事情で苦しい立場に置かれている妊産婦さんへの支援の取り組みを見させていただきまして、一人でもサポートすることの大事さをよく理解させていただいた」
【永原さん】
「お困りの方は、妊娠したこの期間だけなんですよね、そこを乗り越えて就職先さえ決まれば、自分で自活できる方も多いので。本当に期待感いっぱいで、ありがたいなと思ってます」
■ネットカフェを転々…たどり着いた「いのちのドア」
マタニティホームMusubiで半年を過ごしたあけみさん。
あけみさんもまた、「特定妊婦」でした。
――Q:相手の方は分かっているんですか?
【あけみさん】
「分からないですね。なおさら人にも相談できなくて、一人でぐるぐるぐるぐる…怖かったですね」
風俗の仕事をしていたあけみさん。
妊娠が分かったとき、手持ちのお金も住む家もなく、ネットカフェを転々とする毎日。相談できる家族や友人はいませんでした。
【あけみさん】
「そんなわけないのに、目をそらし続けてたら『なかったことになるんじゃないか』みたいな。すごい不思議な思考にあの時は、なって。『ほっといたらどうにかなればいいのにな』って考えがすごくあったんですけど、そんなことになるわけがないので…このままじゃまずいなって感じで、いろいろホームページとかで(調べた)」
12月に夏服を着たまま、一人で「小さないのちのドア」をたたきました。
スタッフに付き添われて病院を初めて受診し、間もなく、元気な男の子を出産しました。
ただ、自分では育てられないと考えていたあけみさんは、子供の将来を考えて「特別養子縁組」を決断。
永原さんたちのサポートを受けて、男の子は退院してすぐ、別の夫婦のもとへ引き取られました。
【あけみさん】
「病院でその子と別れて、ここで療養させてもらってる間、最初の3週間くらいかな…なんか訳も分からず涙が出てきて。自分でもびっくりするくらい、急に大粒の涙がこぼれたりとか。最初はもう感情ぐちゃぐちゃになってたので、それこそ夜にウッてきた時に、ここのスタッフさんにお話聞いていただいたりとか。要所要所でケアしてくださっていたので、ちょっとずつ気持ちが、落ち着いて整理できてきたのかな」
あけみさんは、産後をこのMusubiで過ごしながら、生まれて初めて就職活動をしました。
5月には県内の企業への就職が決まり、これからは、自分で借りたアパートで一人暮らしを始めます。
【あけみさん】
「全然違う仕事を始めたっていうのもあって、毎日慣れないことしているからものすごい疲れてるのと同時に、充実感もあるし、一日一日、教わりながらでも、自分一人でできることがちょっとずつでも増えたら、『やったー』ってなりますし」
Musubiがあって救われたと話すあけみさん。一つ目標ができました。
【あけみさん】
「この先、私がちゃんとしていって、あくまで自分の心の中での話ですけど…その子に対して誇れる自分でありたいな、みたいな、ぼんやりしたことを考えていますね」
永原さんもスタッフも、あけみさんがMusubiに来た日を覚えているといいます。
真冬に寒々しい夏服でドアをたたいた、ひとりぼっちの妊婦。今ではもう、あの日の頼りない面影はありません。
【永原さん】
「本当に『ここまで来て良かったね』っていう思いと、『しんどいことがあったからこそ、こんなに素晴らしい人生を得たんだ』と、そういう人生に変えてほしいというか、そういう人生を歩んでほしいという応援ですね。本当にこれを始めて良かったなって、命が守られたなという方が何人もいらっしゃるので、本当にここを思い切ってつくって良かったと思っています」
妊娠中から支援が必要とされる「特定妊婦」の数は、年々増加しています。
2019年時点で8000件を超える登録がありましたが、表に出ているのは氷山の一角と言われており、乳児遺棄といった痛ましい事件も起きています。
赤ちゃんの、そして母親の命や人生も、守る。
安定して支える仕組みづくりが全国に広がることを、永原さんたちは願っています。
★「小さないのちのドア」への問い合わせ先(兵庫県民以外の方でも利用できます)
電話:078-743-2403(24時間)
LINE ID:@inochinodoor
Email:inochi@door.or.jp
(関西テレビ「報道ランナー」2022年6月27日放送)