ことし4月に、大阪公立大学への統合が決まっている大阪市立大学。
開学の祖の一人と仰がれているのが、明治初期の大阪の実業家、五代友厚です。
大阪では経済を救った「恩人」として親しまれる一方で、歴史教科書では「悪徳商人」のように記されてきました。
五代を開学の祖と仰ぐ大阪市立大学のOB達がこの教科書に挑んでいます。
■五代友厚 歴史教科書では“悪徳商人”なぜ?
大阪取引所、造幣局、大阪商工会議所。
大阪経済の“基礎”を築いた元薩摩藩士、五代友厚。
その偉業を称え、大阪市内5カ所に銅像が建てられています。
5体目の銅像が立つのは、イチダイの愛称で親しまれている大阪市立大学です。
3年前、ここに卒業生達が集いました。
そこで語られたのは…
■疑惑報道が「事実」として…五代の真実は
【大阪市立大学OB 八木孝昌さん】
「悪者は五代だけなんです。本当ならしょうがないですが、真っ赤な嘘です。五代友厚は濡れ衣を着せられたんですが、今もって着せられたまま、銅像に申し訳ありませんと言わざるを得ない」
「五代が濡れ衣を着せられた」とは一体?
高校の日本史教科書に記されている「開拓使官有物払下げ事件」。
時は明治14年、関西貿易社を立ち上げた五代友厚が、同じ薩摩出身で北海道開拓使長官の黒田清隆から、牧場や工場などの官有物の払い下げを不当に安い価格で受けようとした、というものです。
当時、新聞各紙は「人民の利益が損なわれる」として非難。
最初に報じられた新聞記事には「真実であるか嘘かまだ知らない」と書かれていました。
しかし、五代は沈黙を続け、疑惑が歴史の定説となりました。
【大阪市立大学OB 八木孝昌さん】
「これ全部新聞ですね」
もし記事が間違っていたならば、真実を後世に伝えるべきではないか?
市大の同窓会が、真相の調査と本の執筆を依頼したのはOBの八木孝昌さん。経済学部出身の文学博士です。
【大阪市立大学OB 八木孝昌さん】
「何にも遠慮する必要ないですもん私。あの大先生を批判してはいけないとか、そういう縛り何もないです」
八木さんは、鹿児島や大阪に残る当時の資料をとことん調べました。
すると疑惑の報道からおよそ1カ月後に出た、ある記事に気づきます。
【大阪市立大学OB 八木孝昌さん】
「この真相を、政府文書をオープンにした新聞は、どこにも取り上げられていない」
それは政府の内部文書を報じた真相。
安い価格で払い下げを受けようとしていたのは、五代ではなく黒田の部下の開拓使4人だったのです。
■始まった五代の教科書記述 “修正”への挑戦
八木さんは五代についての調査結果を本にまとめ、2年前、市大で特別講義を行いました。
【大阪市立大学OB 八木孝昌さん】
「悪徳商人とは書いてませんが、これを読む人は五代が悪徳商人だと普通は思います。五代は悪徳商人と教科書が書くということは、その存在を社会的に抹殺することですから、はなはだしい名誉棄損ですね」
講義を聞いて席を立ったのは荒川哲男学長、医学部のOBです。
【大阪市立大学 荒川哲男学長】
「悪徳商人みたいな志を持っているはずがないと私自身思ってたので。非常に嬉しい気持ち。微力ながら、これは絶対に正していきたいと強く思いました」
荒川学長は次の改訂で教科書の記述を修正するよう、文科省に働き掛けると口にしました。
【大阪市立大学 荒川哲男学長】
「五代友厚の侍魂を、ラスト市大の年に永遠に続く侍魂として、大阪公立大学に受け継いで行ってもらえれば、僕の最後の役割として非常に嬉しい」
去年11月、市大最後の「ホームカミングデー」で「五代友厚官有物払い下げ説見直しを求める会」が発足。
しかし、荒川学長は個人的な立場での参加に留まりました。
【荒川哲男学長】
「最初は学長として、大学の意思としてやりたかったんですけど、それは『殿!ご乱心』みたいに思う人もいますし、それを振り切ってまで、『わしは反対やのに』みたいな人がいるのに、大学の総意みたいな形ではちょっとやりにくいかなと思いましたね、残念ですけどね」
歴史の定説に大学として異議を唱えることは困難でした。
それでもOB達の母校への熱い思いが、五代の名誉回復への思いにつながります。
しかし、五代の名誉回復の前にはさらなる壁が立ちはだかります。
【大阪市立大学OB 八木孝昌さん】
「厄介な資料が一つあるんです。五代家に残っていた資料なんですが、北海社と(五代の)関西貿易社の合併企画書っていうのがあるんです」
■五代の“名誉回復”に壁「厄介な資料が…」
「甲乙の両者合併」で始まる“厄介な文書”。
五代率いる関西貿易社と、黒田が部下の開拓使の役人に作らせた北海社の、合併を約束する契約書と見なされてきました。
北海社はダミーで、五代が黒幕だという説の根拠です。
この文書、至る所に書き直した跡があります。
【住友史料館 末岡照啓さん】
「契約書の体をなしてない。これを活字にすると怖い」
こう話すのは住友資料館の元副館長・末岡照啓さん。
【書面に書かれた内容】
「事業に従事した官吏が役立たないといって、軽率にクビにするのは忍びない。何とかこの者たちのために生活の手段を与えたい」
これは、事業に不安を感じていた開拓使側が、もしもの時に五代側に支援を求めるために、相談していたメモ書きではないか?
末岡さんは12年前、歴史研究者として初めて、五代無実を唱える論文を発表、さらに今年5月、新たな本を出版することにしました。
【住友史料館 末岡照啓さん】
「北海社ダミー会社説と五代黒幕説ってのが近代史研究者は皆これを使う、そこに真っ向勝負かけたわけです。つぶされるかもしれないけど。モヤモヤしたのあるって言ったでしょ。そこまでいかないと晴れない。突き進まないと」
■盟友にあてた手紙に 五代の“沈黙の理由”
末岡さんが五代の無実を信じたのは、五代が最も信頼していた住友の経営トップ・広瀬宰平に送った手紙を見つけたからでした。
手紙には五代が沈黙を続けた理由が書かれていました。
【五代からの手紙の現代語訳】
「しかしながら、決して気にしないでほしい。これをうち捨てて、顧みるなと内々に言い聞かされた。政府には必ず深い意味があるのだと信じ、私は弁明したい気持ちを絶った。青天白日。いささかも天地に恥じず。何を屈することなどあろうか」
五代が開学に力を尽くした大阪市立大学は、4月から大阪公立大学へ統合されます。
今年1月に行われた、イチダイ最後の五代友厚シンポジウム。
末岡さんが登壇し、五代の真意について語りました。
【住友史料館 末岡照啓さん】
「『私は黙ることにした』と。おそらくここで関西貿易社ではなく開拓使官吏が払い下げるとなったら大問題。役人が役人に払い下げるとなったら、民間に払い下げるのとは違う。だから政権を守るために、私が罪を負うと。でも自分は無罪だから、必ずいつかは晴らしてくれると自信があったわけです」
■五代の名誉回復を…教科書は“修正”されるのか
「見直しを求める会」では、教科書会社全社に申し入れをし、5社から「検討する」という回答を得ました。
学生たちも参加し、集めた署名は7000余り。
学会などへの働き掛けも始まっています。
「真実か嘘かわからない」という報道が、今に伝えられる歴史教科書。
2年後の改訂で、五代はどのように記されるのでしょうか。
(2022年3月23日放送)