「救命救急」の技術競う国内最大級の大会 『秋葉原無差別殺傷事件』の現場を再現 厚労省評価「9年連続・日本一」の医療チームに密着 2024年02月18日
救命救急の医療従事者たちが、処置の速さや正確さを競う全国大会があります。
日本一を目指す、熱き戦いに密着しました。
■全国各地から20チームが集結
全国から集う医療従事者たち。
2023年12月、関西大学の高槻ミューズキャンパスで開催されたのは「第20回千里メディカルラリー」です。救命救急チームの技術を競う国内最大級の大会で、近畿のほか、全国各地から20チームが集結しました。
前回優勝し、大会連覇を狙うのは「神戸市立医療センター中央市民病院」の“BE KOBEチーム”。
「1年365日・24時間断らない救急医療」を理念とし、中でも救命救急センターは、厚生労働省による評価で9年連続“日本一”に選ばれています。
救急科2年目の池田 廉医師(29歳)。
【池田 廉医師】「到着したら心肺停止直前の方も中にはおられるのですが、初期対応して救命して、入院治療まで持っていけた時とか、ひと仕事終えたなって感じはあります」
この病院に勤務する医師・看護師と神戸市消防局の救急救命士の6人がBE KOBEチームとして挑みます。
今大会では、地震で倒壊した家屋での救命、プールで溺れた児童の救助など、全部で8つのステージを用意。限られた時間内に、的確に診断と治療ができたかを審査し、その総合得点で競います。
■実際の事件をモデルにしたステージに挑戦
メインステージの一つが“大規模災害”。
「3人が刺された模様」という通報を受け、チームが現場に急行します。しかし、実際に現場に着くと、広範囲に渡ってけが人が倒れていて、痛みを訴える人がいるという設定です。
大会を監修するのは「大阪府済生会千里病院」救命救急センターの伊藤裕介医師。
このシナリオのモデルになったのが、7人が死亡、10人が重軽傷を負った秋葉原無差別殺傷事件です。
【監修 伊藤裕介医師】「ナイフで刺したのと、車で人をひいたという二つの外傷を同時にやって、かなり広範囲のスペースに傷病者が散らばったという事件。当時の医療チームは犯人がどこにいるのか分からない状況で活動せざるを得なかった」
まずはこのステージに「BE KOBE」チームが挑みます。
【救急救命士】「BE KOBEチームです。関係者の方おられますか?」「犯人って捕まってます?」
【警察官役】「分かりません」
まずは身の安全を確認するため、犯人が捕まったかどうかを尋ねました。
【救急救命士】「傷病者人数確認します。1人、2人…」
【やじ馬役】「そこでじっとしたって何の解決にもなんねえんだよ!早く行け!」「あそこに本部あるのが見えないのか!お前たちは!早く行け!」
BE KOBEチームに向かって、大声でやじを飛ばす男性がいました。こうした状況下では「群衆のやじに惑わされない」ことも重要なポイントなのだそう。さらに…。
【現場に居合わせた看護師役】「先生!こっちCPA(心肺停止)!私、看護師やし」
【池田 廉医師】「CPA?ちょっと待ってください!後ですぐ…」
突然現れた看護師に呼び止められる池田医師。混乱した現場をリアルに再現しています。
【監修 伊藤裕介医師】「災害の規模のイメージをつけないといけないので。いきなり傷病者(の治療)に入ると、規模のイメージが取れない」「消防指揮のところに行って、どういう戦略を取るかを考えないといけない」
そんな中、現場指揮者の元へ。
【救急救命士】「BE KOBEチームです!現場指揮者ですか?」
【指揮隊本部】「傷病者はかなり散らばっている状態です」
事件現場には17人の傷病者がいます。人数を把握し、治療の優先順位をつけて、速やかに搬送できるかがポイント。制限時間は17分です。
BE KOBEチームは、医師・看護師で二手に分かれて処置をする戦略を取りました。
倒れている傷病者の元へ。
【池田 廉医師】「分かります?手を握って。呼吸数は?」
【看護師】「25回」
【池田 廉医師】「脈は?」
【看護師】「120回」
【池田 廉医師】「Cのトラブルですね。活動性出血に対して圧迫止血を行います」
続けて、血が止まらないという別の傷病者にも対応していると…。
【現場に居合わせた看護師役】「お医者さん、あっちで指示出してあげてくれませんか?」
【看護師】「順番に回っていきますのでね」
今対応している傷病者を優先しようとしますが…。
【現場に居合わせた看護師役】「CPA(心肺停止)3人もいるんよ!」「こっち、こっち!走って!走って!」
強引に連れて行かれる池田医師。
■治療の優先順位を決める“トリアージ”
そんな中、応援の救急隊とDMAT(災害派遣医療チーム)が到着しました。突然増えた人員に対し、的確に指示を出せるかもポイントです。
【応援の医療チーム】「集積したいんですけど、可能ですか?」
【救急救命士】「シート敷いて、救護所作成して」
応援が多数駆け付けたところで、BE KOBEチームは、トリアージの色ごとに患者を集めて治療・搬送する方針に切り替えたようです。傷病者の緊急度や重症度から治療の優先順位を4段階に振り分ける“トリアージ”。赤色が最優先で、黄色・緑と続きます。
【池田 廉医師】「どういう事故なんですか?車にはねられた?」
【救急隊】「その情報しかないです」
【池田 廉医師】「車が突っ込んだ?これかな」
事件の概要を把握しつつ、診断にもつなげます。
池田医師が心肺停止の若者から離れようとしたところ、突然腕をつかまれました。
【傷病者の母親役】「先生、この子を診てください!先生、行かないでください!」
【池田 廉医師】「ごめんね。救急隊の方ががんばってくれてるから」
【傷病者の母親役】「先生、お願いします!」
懇願する母親にどう対応するのでしょうか?
【看護師】「ちょっと先生離れたいので、お母さんについてあげてもらってもいいですか」
母親の対応を警察官に依頼。看護師のとっさの判断が光ります。
指揮所では続々と、優先度の高い「赤色」の患者の処置が進んでいました。
【救急救命士】「16人やと思うけど、漏れがあるかも」「今来ているのは19人。多分かぶってるわ。確認せなあかん」
実際の傷病者は、全部で17人です。当時、この事件にあたった日本医科大学のDMATチームは、到着後15分で搬送を開始していたそうです。
【監修 伊藤裕介医師】「大規模な地震ではないので、周りの病院は生きている。早く患者さんを病院に連れて行けば治療ができる。集めた瞬間に出す(搬送する)くらいの勢いでやらないと、実災害では助からない」
慌ただしく対応する中…。
【アナウンス】「お疲れさまでした!」
【池田 廉医師】「え?終わり?」
17分が経過し、終了です。最優先である「赤色」の傷病者7人を集めるも、搬送できませんでした。
【池田廉医師】「あかんわ…。こんな事件やったんや、えぐいな。全然追いつかなくて、どこから手をつけたらいいか分からなくて。だいぶ悔しいですね」
続いては「自衛隊」チーム。こちらは、役割分担や統率の取れた動きが評価されました。しかし重症者だけでなく、軽傷の患者まで丁寧な治療を施したため、全体の把握が十分にできないまま終了しました。
そして、「東京都立多摩総合医療センター」チームは…。
【傷病者の母親役】「きみや(息子)を診てください!お願いします!どこ行くんですか?」
懇願する母親への対応に医師がつきっきりとなり、他に割くべき救助の時間をロスしてしまいました。
■意識不明の患者…原因は?
続いてのステージは“意識不明患者の原因を探れ!”。
「帰宅したら大学生の兄が倒れていた」と、妹からの通報です。持病のない若い男性がなぜ突然、意識不明になってしまったのでしょうか?
まずは「BE KOBE」チームの挑戦です。
【救急救命士】「顔が白いから酸素準備しようか」「これ、もしかしたら中毒かもしれない。先生に写真送ってほしい」
状況から原因を判断します。現場ですぐに見つけたのは薬の箱。オーバードーズによる薬物中毒を疑います。
【池田 廉医師】「アセトアミノフェン(薬物)中毒が疑わしい」
ここで、トイレにこもっていた母親に話を聞きます。
【救急救命士】「お母さんトイレに行ってたんですか?お腹痛い?大丈夫そうですか?」
兄と母親は朝から腹痛が続いているとのこと。
【救急救命士】「お兄さんとお母さん、持病は?」
【妹役】「持病はないです」
【救急救命士】「お兄さん、悩んでたとかは?」
【妹役】「悩んでたとかもなくて」
【救急救命士】「こういうことは初めて?」
【妹役】「初めてです」
キッチン回りのガス漏れも疑います。
【救急救命士】「調理した跡があるから、何か食べたのかな?」
【看護師】「生もの食べました?」
【母親役】「朝から何も食べてない」
【看護師】「昨日の晩ご飯は?」」
母と兄は野菜炒めとごはん、妹はカップラーメンでした。
【看護師】「妹だけ野菜が嫌いだから夜ご飯で野菜食べてなくて。この2人(母と兄)が同じものを食べた。(妹は)野菜食べてないから、野菜がキーかも」
関係者の話から分析していきます。
【池田 廉医師】「何やこれ、スイセンか?スイセンと似たようなやつ…」
祖父母の家で育てた野菜を食べたとのこと。
【池田 廉医師】「植物中毒が疑わしい。結局、運ばなあかんわ」
原因の野菜は特定できませんでしたが、「食中毒」と診断しました。
【審査員】「はい、終了です!」
ここで終了。果たして正解は?
【審査員】「これが“イヌサフラン”」「死亡例が多い。かなり厳しい状況になることがある植物」
イヌサフランとはユリ科の園芸植物。球根は、玉ねぎやニンニクなどと間違えやすいのですが植物全体にコルヒチンという猛毒があり、食べると死に至るケースも。
【監修 伊藤裕介医師】「原因が分からない状態で対応しなきゃいけないのは、救急現場では結構あります。ひっかけ問題です。ちょっとだけ」
続いては、「大阪大学医学部付属病院」チーム。
【大阪大学医学部付属病院チーム】「何食べました?」
【母親役】「野菜炒めと普通のご飯です」
【大阪大学医学部付属病院チーム】「食べ物は何もなさそうやわ」
野菜炒めは食中毒にならないという先入観でしょうか。「薬物中毒」と診断してしまいました。
【監修 伊藤裕介医師】「一回思い込んじゃうと、そこから診断が離れないことが時々ある。それが起こるとなかなか難しい」
■いよいよ結果発表!日本一に輝いたのは
日本一を目指して20チームが全国から参加したこの大会。
BE KOBEチームは3位でした。この結果に、複雑な思いで涙を流すスタッフも。
【看護師】「楽しかったです。ありがとうございました。うれしい半分、悔しい半分。またがんばります」
今回優勝したのは「兵庫医科大学病院・西宮消防局」チーム。秋葉原事件のステージで時間内に4人を搬送するなど、連携の強さが光りました。
全国の救命救急チームがしのぎをけずったメディカルラリー。そこには、“命の砦”として1人でも多くの人を救うべく、日々努力する医療チームの姿がありました。
(関西テレビ「newsランナー」 2024年2月13日放送)