大阪の「近鉄百貨店」で、12月に発売されたばかりのイチゴ。
真っ赤に熟したイチゴを作り上げたのは、なんと「近鉄百貨店」の社員です。生産担当の西口さんが、真摯にイチゴと向き合った日々を追いました。
■苛烈な百貨店競争…新たな一手は“農業”
街じゅうが華やぐクリスマス。今年は大阪の百貨店にもにぎわいが戻り、あの手この手で訪れた人を楽しませていました。
そんな中、関西随一の超高層ビル「あべのハルカス」に本店を持つ近鉄百貨店では、真っ赤に熟したイチゴが登場。
メディアも大勢集まり、大注目を浴びるこのイチゴ。よく見ると「近鉄百貨店が育てました」と書かれています。一体どういうことなのでしょうか?
さかのぼること、今年3月。近鉄百貨店の秋田社長は、激しい百貨店競争を生き抜くため、新たな一手を打ち出しました。
【近鉄百貨店 秋田拓士代表取締役】「農業ビジネスです。川上の生産まで入って、いい商品を自分たちで、いろんな商品を作り出していきたい。僕らは今、中期経営計画で“価値”を求めているんです。百貨店の“貨”を価値の“価”に変えたい」
良いもの、おいしいものを提供したいという思いを突き詰めた結果、いっそのこと自分たちで作ってしまおうと、農業部門を立ち上げたのです。
大阪府河南町(かなんちょう)に用意した土地は、6000平方メートル。テニスコートおよそ23面分の広さです。
【近鉄百貨店 秋田拓士代表取締役】「近鉄百貨店の心を詰めながら、本当においしいイチゴだけを販売していきたい」
■なぜイチゴ? 知識ゼロからのスタート
農業に参入するとはいえ、なぜイチゴなのでしょうか?
今、全国各地で続々とブランドイチゴが開発され、価格はこの10年でなんと50%アップ。 “特別なイチゴ”ほど値段は高く、ブランド化されることから、百貨店の客層にマッチすると考えたのです。
この一大プロジェクトを任されたのが、西口良隆さん(43歳)。これまで食品売り場や贈答品の担当をしてきましたが、勤続19年目にして、なんとたった一人、畑違いの農業に異動しました。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「(異動と聞いた時は)『え!?』というか、『あ、そうなんだ…』と。『何をするのかな』と。手始めにイチゴの本を買ってとりあえず読みました。けれど、何を書いているのか全く分からなかったです」
専門学校へ通い、イチゴ栽培の知識をゼロから学んだ西口さん。農業アドバイザーに指導を受けながら、一人で畑に向き合います。
夏のある日。前例のないチャレンジを後押ししようと、頼もしい助っ人たちが駆けつけました。
【近鉄百貨店 社員】「(普段は)食品のバイヤーです」「(普段は)ギフトを。カタログに載せるような商品(の担当)」
駆けつけた社員たち、普段はそれぞれ異なる業務を担当しています。
【近鉄百貨店 社員】「赤ちゃんを抱くように運びますよね。やっぱりね」「苗、かわいいです。我が子のように『大切に育てよう』と思いながら」
汗をかきながら植える、未来の芽。皆さん楽しそうな表情ですが…。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「…本音はそんなに楽しくはないです、正直。どうしても栽培のことがずっとあるんですよ、頭に。ここをどうして、時間は間に合うのかと考えているので、あんまり楽しむということはないです」
■日ごとに成長するイチゴの苗 しかし…
苗を植えた9月以降、葉は青々と育ち、花が咲き始め…10月には、受粉のために働いてもらう蜂も飼い始めました。成長記録を撮影する西口さんの声もうれしそうです。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「色もいいし、かなりよく活動してくれている。花もすごく咲いてきましたね。順調ってところかな」
日を追うごとに成長するイチゴの苗。枯れたり、病気になったりしないよう、細心の注意を払います。
11月のある日、スーツ姿の西口さんが臨んだのは、販売に向けた作戦会議。忘れるなかれ、今回のミッションは、あくまで栽培したイチゴを“買ってもらう”ビジネスです。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「お子さまが見た時に『欲しい』と言うことが結構多いんです。なので、お子さまの目線から見たときにイチゴが目立てればと」
【販売推進部員】「確かに、お子さまが自分で手に取りたくなる高さが一番理想かもしれないですね」
売り場での展開のほか、ロゴも決定。イチゴのブランド名は「あべのハルカス」にちなんで「はるかすまいる」になりました。
発売2週間前。記者がハウスを訪ねると、苗にはイチゴの赤い実がちらほら。順調かと思いきや、ここでトラブルが!
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「これなんかそうですね。枯れてしまっている。温度ですね。やっぱり高いと」
記録的な季節外れの暑さが続いた11月。イチゴの実をつけるという、一番エネルギーが必要な時期に暑さに見舞われ、苗が力尽きていたのです。枯れた苗は取り除き、新たに育て直すしかありません。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「やっても、やっても終わらないですね。ずっと続いていますね。こういうのが」
それでも力を注ぐのは、西口さんがこの農業ビジネスにもう一つの価値を感じているからです。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「農家の後継者不足など、いろんなことがあって農地が減っている。そういった中で、法人が農業に入ることってすごく重要だと思うんですね」
近鉄百貨店の特徴の一つは、奈良や和歌山など地方に百貨店を展開している点。農業を通して、より地域に愛される百貨店になりたいと考えています。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「それが広まっていけば、近鉄がやったような形で職場がどんどん良くなって、農業に関わる人口が増えればと思っています」
■迎えた発売日 お客さんの反応は?
発売日前日。西口さんの愛情が注がれた「はるかすまいる」は、最後の2週間で、大粒といえる3Lサイズ・30グラムを優に超えるほどに成長しました。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「ほとんど4L。めちゃめちゃ多いですね。今日収穫したものを明日買っていただけるので。普通は3~4日卸を入れるとかかるんですかね。それを考えると真っ赤では採れない。もう少し青みが残っているままでないと採れないというのがあるみたいなので。鮮度というのは、他のものと比べても自信を持てるかなと思います」
近鉄百貨店が作り上げたイチゴ。お客さんは喜んでくれるのでしょうか?
11月6日。いよいよ迎えた発売初日は、西口さんも朝から久しぶりの店頭に立ちます。
試食に手を伸ばしたお客さんの第一声は…「おいしい!」
価格はサイズに応じて1000円前後。決して安くはありませんが、次々とお客さんの手が伸びます。
【購入した人】「酸味も、甘みも、パーフェクト。『よくこれだけ作ったなあ』って褒めてあげて、買ったの」「“ハルカスのイチゴ”というのがすごいなと思って。ブランドイチゴ、楽しみにいただきます」
用意した100パックは夕方までに完売。急きょ、追加販売するほどの盛況ぶりです。あの夏、畑で共に汗をかいた仲間も嬉しそうに見守っていました。
【近鉄百貨店 西口良隆さん】「ここにたどり着けるとはあまり思っていなかったです。『甘い』というお答えをいただいたので、良かったなと思います。予想以上でした。(将来は)やっぱり近鉄百貨店に入っているケーキ屋さんのケーキに『これは“はるかすまいる”を使っている』と、名前を出していただいたらうれしい。特に(ブランド名を)出すことで売れ行きが上がるようなブランド・商品にできたらと思います」
近鉄百貨店が作ったイチゴ。会社を背負って立つ有名ブランドになることを目指します。
(関西テレビ「newsランナー」 2023年12月25日放送)