竹上萌奈「モエバナ」

災害報道研修

2018.07.03

仙台放送で行われたFNS系列の災害報道研修に参加しました。

3日間の研修で教わるものはたくさんありましたが、なかでも心に深く刻み込まれたのが、名取市 閖上(ゆりあげ)地区を訪れたことでした。

閖上地区は、ご存知の方も多いと思いますが、東日本大震災の当日、津波による大きな被害が出た場所です。

バスを降りてまず、感じたのは、静けさでした。

人の話し声が聞こえません。

耳に届くのは、ぼうぼうと鼓膜に伝わる海風と、土を運ぶトラックや重機が砂利を踏みしめる音。

私が今いる場所に、どなたかの生活が存在していたのが嘘のようでした。

少し歩くと、海が見えました。海は、ただ、穏やかに揺れていました。
波に負けずに残った松の木から、控えめにまつぼっくりが落ちている様子を見て、緊張がわずかにほどけました。

後ろを振り返ると、茶色い土の世界が続いていました。

ところどころに頂上が平らな土の山ができています。

また、ここに住み始めたとき、今度は家が波にのまれないように、盛り土をして、土地の高さを上げているそうです。

それだけ、閖上という地域は、人々に愛されていた場所だったようです。
残念ながら、そんな閖上の沿岸部の一部地域は、被災後、居住禁止地区に指定されました。

もう人は住めなくなりました。しかし来る日も来る日も、土砂を片付け、土を運び続け、復興を目指しています。

震災はまだ、続いていました。

心とからだをすり減らし、闘いながら生きている方々にお会いしました。

それでも、みなさん、たとえ思い出したくないものを見てしまうとしても、前をしっかりと見据えていました。優しく、強い眼差しで。


今回の研修で、アナウンサーを名乗るからこそ、やらなければならないことがあると強く感じました。私たちの仕事は、悲しみ、憐れむことではないことも…。


研修の最後に、大津波から人々を守った「荒浜小学校」へ。
現在は、安全に配慮した、震災被害を伝えるための施設に変わっています。

7年前、この小学校のベランダに住民の皆さんが集まる空撮映像が流れていたことで、この小学校を知っていました。しかし、自分がこの場所に来るなんて、学生だった当時は想像もできませんでした。

小学校の内部は地元のガイドさんが案内してくださいます。

がれきと波が通り抜けた場所は、ざらざらした灰色に変わっていました。

エレベーターが、私たちを屋上に運んでくれました。

一歩を、こんなに意識して踏みしめたのは大人になって、初めてです。

まさしくこの場所から、自分たちが育った愛する町が、人が、真っ黒い波に飲み込まれていく様子を見つめていたそうです。実際に同じ場所に立つと、鼓動が早くなるのを感じました。

「その日は、雪がふり、とても寒く、星がきれいだったんです」とある女性がおっしゃったときに、はっとしました。

震災にそんな景色があったとは知りませんでした。
テレビを見て、知っている気になっていました。

そして、生きるというのは、続いていくこと。続けていくこと。
被災もその方の長い人生の一部であることには変わりがない。記憶から消えることはない。
きっと彼女の心から、その夜の風景は拭い去られることはないのでしょう。

お話をしていただいたみなさんに、心から感謝いたします。

アナウンサーの私。
一個人の私。

どちらも感じ、学んだ3日間の研修でした。

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