放送内容
パラリンピック日本代表・伊藤樹(20)。
8歳の時、母・紅子さんが運転する車でアイスホッケーの練習に向かう途中、
交通事故に巻き込まれ脊髄を損傷。車いすでの生活を余儀なくされた。
「足じゃなくて手だったら良かったのに」事故の後にこぼした言葉だ。
そんな樹が9歳の時出会ったのがパラアイスホッケー。
「パラリンピックに出場する」という夢ができた。
紅子さんも事故で足に大けがをしたが、どんな時間でも車の送迎を欠かさなかった。
「運転は怖いけど、やりたいというからやらせたい」
樹の夢は紅子さんの夢になった。
中学生になると日本代表合宿に参加するなど着実に成長し、日本のエースになる。
しかし4年前の北京パラリンピックでは年齢制限で予選大会にさえ出られず、チームも敗れた。
北京で金メダルのアメリカ代表との合同練習では一点も返せず、世界の壁の高さを知った。
高校卒業後、樹は母の元を離れ、単身でアメリカのチームに移籍。
異国の地で一人修行する道を選んだのはミラノパラリンピックに挑むためだ。
そしてミラノパラ出場権をかけたノルウェーでの最終予選。
6カ国総当たりで上位2カ国が出場権を獲得できるが、初戦の韓国戦で敗れ、後がなくなる。
2試合目も試合終了間際までリードを許し、敗退が頭をよぎった時、ドラマが…。
試合の後、樹はつぶやいた。「ホッケーの神様がまだ俺らにホッケーしてもいいって言ってくれた」
コーチからも本音がこぼれる。「伊藤樹にチームの命運をかけた」
取材班は下半身不随になってから夢をかなえるまでの11年間の歩みを克明に記録した。
これは夢に向かって突き進む一人の青年とそれを支える家族の愛を描く、「希望と奇跡の物語」だ。
8歳の時、母・紅子さんが運転する車でアイスホッケーの練習に向かう途中、
交通事故に巻き込まれ脊髄を損傷。車いすでの生活を余儀なくされた。
「足じゃなくて手だったら良かったのに」事故の後にこぼした言葉だ。
そんな樹が9歳の時出会ったのがパラアイスホッケー。
「パラリンピックに出場する」という夢ができた。
紅子さんも事故で足に大けがをしたが、どんな時間でも車の送迎を欠かさなかった。
「運転は怖いけど、やりたいというからやらせたい」
樹の夢は紅子さんの夢になった。
中学生になると日本代表合宿に参加するなど着実に成長し、日本のエースになる。
しかし4年前の北京パラリンピックでは年齢制限で予選大会にさえ出られず、チームも敗れた。
北京で金メダルのアメリカ代表との合同練習では一点も返せず、世界の壁の高さを知った。
高校卒業後、樹は母の元を離れ、単身でアメリカのチームに移籍。
異国の地で一人修行する道を選んだのはミラノパラリンピックに挑むためだ。
そしてミラノパラ出場権をかけたノルウェーでの最終予選。
6カ国総当たりで上位2カ国が出場権を獲得できるが、初戦の韓国戦で敗れ、後がなくなる。
2試合目も試合終了間際までリードを許し、敗退が頭をよぎった時、ドラマが…。
試合の後、樹はつぶやいた。「ホッケーの神様がまだ俺らにホッケーしてもいいって言ってくれた」
コーチからも本音がこぼれる。「伊藤樹にチームの命運をかけた」
取材班は下半身不随になってから夢をかなえるまでの11年間の歩みを克明に記録した。
これは夢に向かって突き進む一人の青年とそれを支える家族の愛を描く、「希望と奇跡の物語」だ。
語り
松坂桃李
伊藤樹プロフィール
0歳
2005年
9月29日誕生。
幼稚園の頃にアイスホッケーを始める。
8歳

2014年
小学3年生の時、交通事故に遭い下半身不随に。
9歳

2015年
小学4年生でパラアイスホッケーを始める。
13歳

2018年
中学1年生で初めて日本代表の合宿に参加。
16歳

2021年
高校1年生の時には、日本代表の中心選手にまで成長。
しかし、北京パラリンピックの出場権をかけた最終予選には年齢制限で出場できず、チームも敗退。
その後、日本代表のエースとして活躍。
18歳

2023年
世界選手権B-Poolで優勝し、大会MVPを受賞。
19歳

2024年
高校卒業後、家族のもとを離れて単身で渡米。全米で優勝した強豪チームに入団。
20歳

2025年
世界選手権B-Poolで準優勝、大会ベストフォワードに選出。
ノルウェーで行われたミラノ・コルティナパラリンピック最終予選で1位。大会ベストフォワードに選出。
2026年
ミラノ・コルティナパラリンピックの代表選手に選出。
スタッフ
-
ディレクター
縄田丈典
-
撮影
井口桂吾
-
編集
室山健司
-
プロデューサー
宮田輝美



