ザ・ドキュメント

2004年7月1日(木)

ナレーション

山本太郎

神戸市須磨区で起きたあの事件から、7年が経ちました。
1997年5月。
3日前から行方不明になっていた小学6年生の土師淳君(11)が、中学校の正門前で変わり果てた姿で見つかりました。
切断され傷つけられた遺体、そしてそこに添えられていた「酒鬼薔薇聖斗」と書かれた挑戦状。猟奇的な犯行に、日本中が震撼しました。
しかし日本中を驚愕させたのは、逮捕された容疑者がまだ14歳の少年だったということでした。

亡くなった淳君には、2歳年上の「お兄ちゃん」がいました。事件当時、「お兄ちゃん」はまだ中学2年生、13歳でした。その「お兄ちゃん」にとって、事件の現場となったのは、自分が当時通っていた中学校、しかも加害者は同じ学校、同じクラブの上級生でした。
その14歳に、「一緒の部屋で寝て、一緒の部屋で勉強していた弟」が突然、殺されたのです。
13歳の「お兄ちゃん」の人生に、事件はどのような影響を与えたのでしょうか?
事件は、友達との関係も壊しました。「弟を殺された人」、その視線が付きまとい、友達と何を話せばいいのか、わからなくなったといいます。
しばらくして、「お兄ちゃん」は、学校に行くことが耐えられなくなりました。
その傷ついた少年をこの7年間、いったい誰がどんな形で支えてきたのでしょうか?

一方、淳君のお父さんは被害者の権利の確立を求める全国犯罪被害者の会に参加してきました。
会では、当事者である被害者が刑事裁判に参加できないのはおかしいと訴えて署名活動をしています。「父」は被害者を無視している際たるものが少年事件だと話します。



一方の14歳の加害者がすごしてきた7年は…?

様々な困難を乗り越えてきた「お兄ちゃん」の目に、弟を殺した加害者の7年はどう映るのでしょうか?7年での仮退院という事実を、どう受け止めているのでしょうか。そして「少年の健全育成」を掲げる法と闘う父の姿を、被害者となった少年は、この国の制度にどのような思いを抱いているのでしょうか?

今年20歳になった「お兄ちゃん」が、その苦しい胸の内をはじめてカメラの前で語ってくれました——。

関西テレビ ページトップへ戻る