いま、児童相談所にふたつの厳しい目が注がれている。
一つは、悲惨な虐待死事件が報じられるたびに向けられる「もっと早く保護できたのはないか」という目。
もう一つは、不当な長期親子分離、すなわち“誤認保護”を防ぐべきだという目だ。
すべてに児相の結果責任を問うのは酷な話だ。
ただ、児相が誤って保護不要と判断していたり、逆に、誤って保護必要と判断しているケースも少なくない。どちらも制度の問題として共通している面があるのではないか。
明石市で生後50日の乳児が右腕を骨折し、両親が1年3カ月の親子分離を余儀なくされたケースでは、去年9月に泉房穂市長が誤認保護を認めて両親に謝罪した。
【明石市の両親と次男】
「子供の命を守るため、毅然と保護するためには、一時保護した直後に、一時保護の妥当性を第三者に見てもらう目を入れてこそ、一時保護は毅然とできるという立場です」
去年10月、一時保護の考え方をこう述べた泉市長は、一時保護に関する外部有識者による検討会を設置。その発表会見で、一時保護に第三者がチェックする仕組みの必要性を強調した。
「保護すべきを保護せず、本来保護しなくていいものを保護し長期間分離してしまっている状況が今あって、最大の原因は仕組みです。国の法律改正待っていられませんので、法改正待たずして運用でできることはしていく」
【明石市・泉房穂市長(2020年10月の記者会見)】
日本の児童福祉法では、児童相談所の判断だけで原則2ヶ月間の一時保護ができることになっている。日本も1994年に批准した「子どもの権利条約」では、一時保護時に裁判所のチェック(司法審査)が必要だとされているが、いまだに法改正は行われていない。2019年には国連から勧告も受けている。
明石市は、今年3月の検討会で誤認保護についての検証結果をまとめた上で、一時保護について独立した第三者のチェックを入れる市独自の制度を4月から始める方針だ。
ただ、国の方でも議論は行われている。去年9月から開かれている厚労省「児童相談所における一時保護の手続等の在り方に関する検討会」だ。
その第5回(1月18日)では、長期の親子分離を経験した当事者がヒアリングに呼ばれた。
大阪府守口市の菅家英昭(かんけ・ひであき)さん。2017年8月、妻の目の前で当時生後7カ月の長男がつかまり立ちから転倒し、脳内出血で開頭手術を要する大けがを負った。
【検討会でヒアリングを受ける菅家英昭さん(菅家さん提供)】
菅家さん夫妻は、事故から2カ月半後に、突然児童相談所によって長男を一時保護された。
その際、「(児相が相談した)医師は事故の可能性高いとの判断だが、警察の判断が出るまでは虐待の可能性が完全に否定できないので、自宅に戻せない」と告げられたという。
事故後の2カ月半、毎日病院に通い、息子のリハビリをしていた菅家さん夫妻。一時保護中も「せめてリハビリのためにも面会させてほしい」と願い出た。
しかし、児童相談所からは、「一時保護中は、場所も伝えられないし、面会もさせられない」と言われ、「(審判で争わず)施設入所に同意するなら面会は許可する」と説明された。このことは、児童相談所職員が当時作成した記録にもハッキリと書かれている。
【児童相談所職員が作成した記録より】
菅家さんは、一時保護から5日後、「とにかく長男が心配で、面会できない日々が続くことには耐えられそうにない」と考えて、不本意にも施設入所に同意した。
結局、長男が自宅に戻ってきたのは、検察が不起訴(嫌疑不十分)と判断してから3カ月後の2019年3月。事故から約1年半が経っていた。
【菅家さん夫妻と長男(2019年6月)】
菅家さんは、厚労省検討会のヒアリングで、次のように打ち明けている。
「(児相に何度説明を求めても)『施設の入所に同意していないということですか』と聞かれて、面会できなくさせるというふうに私は捉えて、それであまり言えなくなりました」
親子の面会は、子どもにとっても親にとっても権利だ。一時保護当日に、面会を条件にして、保護者に施設入所の同意を迫るようなやり方は許されないはずである。
残念ながらこうした運用がままみられるのが児相の実態だ。こうした運用は、児相だけの判断で一時保護と面会制限ができる現行の制度があってこそ生じるものであり、もはや「司法審査」の導入によってしか防ぐことができないのではないか。
しかし、第7回検討会(2月22日)で、事務局から示された案は、「保護者の意に反する一時保護全てに事前又は事後の司法審査を導入することは、現時点では現実的とはいえない」という導入“先送り”の結論だった。児童相談所や家庭裁判所の現在の体制を前提にした場合、負担が大きいと考えたとみられる。
【第7回検討会で示された「検討会とりまとめ案」】
これに対し、児相の現場にいる構成員から相次いで異論が出された。
福岡市こども総合相談センターの藤林武史所長は、「今回、一時保護時点での司法関与を進めていくのが本来あるべき姿でないかと議論を続けてきた。ここまでは合意があったような気がする」と発言。
和歌山県子ども・女性・障害者相談センターの土居聡参事(弁護士)も「義務的司法審査を入れていくべき。(とりまとめ案は)後ろ向きで、もっと客観的に書くべきだ」と苦言を呈した。
菅家さんも、このとりまとめ案を知って驚いたという。
「子どもの命を救うために必要な保護があるのはよく分かっています。でも、不必要な保護は、子どもにとって本当に不幸です。離れていた期間に息子にもっとちゃんとしたリハビリを受けさせられてあげたのに…との後悔が今も消えることはありません。不幸な親子分離を減らしていくためにも一時保護や面会制限の段階で裁判所がチェックする仕組みが必要だと感じています」
不当な親子分離を防いでほしいと訴える保護者だけでなく、児相現場からも導入に積極的な意見が出ている「一時保護に対する司法審査」。虐待と誤認保護、どちらも防ぐために必要な制度は何か、3月中にも一定の結論が出される見通しだ。
(関西テレビ報道センター記者 上田大輔)