岸田首相“ウクライナ電撃訪問” 習主席訪ロと重なり、世界の注目を集める結果に 「共同声明」「情報保護協定締結」など堅実な成果 一方懸念は5月広島サミットのタイミングで「戦闘激化」予想 2023年03月22日
3月21日、ウクライナを電撃訪問した岸田首相。中国・習近平国家主席のロシア訪問と同じタイミングになったことで、「きわめて対照的な動きだ」と、世界に驚きを与えています。
ウクライナには今も戦争で日々亡くなっている人がいる重い現実があります。その中で、岸田首相の訪問。現地ではどのように受け止められているのでしょうか。ウクライナの専門家、神戸学院大学の岡部芳彦教授に話を聞きました。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「現地メディア、あるいは私の知人など一般の国民もかなり好意的で、『よく来てくれた』と受け止めている感じを受けます。一方、岸田首相は何か“運”を持っているなとも思いました。単独の訪問だと世界のメディアはそこまで話題にしなかったかもしれないのですが、習主席がロシアを訪問しているタイミングだったので、欧米メディアでかなり大きく取り上げられ、対比されているのが印象的でした」
ロシアと中国が近い関係にあることと対比的に、西側諸国の結束の象徴として、岸田首相のウクライナ訪問が世界的に報道されたのですね。国会会期中という日程で無理をして訪問を実現し、一定の成果があったと言うことができそうです。
ところで今回の電撃訪問の報道に関して、リアルタイムに首相の動向を報道することは、安全確保などの上でリスクもあります。欧米では情報管理のルールが定まっているところもあるそうですが。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「日本の今回のケースは非常に面白く、岸田首相がキーウにいる時に、もう既に日本大使館がSNSで発信していました。もしかしたら新しいスタイルなのかとも思いました」
さて今回の岸田首相の訪問について、
・誰と会うのか
・どこに行くのか
そして、・演出が大事
これらがポイントだと岡部先生は指摘していました。
まず“誰と会った”のかについて。ジャパロワ第1外務次官という、副大臣級の女性の方がキーウ駅で岸田首相を待ち構えていました。この方はどういう方なのでしょうか。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「ウクライナにはクレバ外相以下、5人の外務次官がいるんですけど、ジャパロワさんは筆頭の外務次官です。クリミアタタール人という少数民族でして、日本を担当していて、昨年11月に日本の中込欧州局長がウクライナに行った時もカウンターパートとして出てきました。日本を担当していると思われます。筆頭ですので格は高い(日本に対してしっかりした待遇をしてきた)と思います」
「しかも、クリミアタタール人ということで、ウクライナにはクリミアで領土問題があり、日本には北方領土問題があり、そのことを象徴しているという印象も受けます」
次に“どこに行った”のかについて、ウクライナの惨状を視察するということで、キーウ近郊、虐殺が行われたブチャを訪れました。集団埋葬地で献花・黙とうをしました。ただゼレンスキー大統領の姿はありませんでした。フランスのマクロン大統領や、アメリカのバイデン大統領と比べるとそっけないといいますか、ゼレンスキー大統領との関わりが少なかったという話もありますが、岡部先生はどうご覧になったのでしょうか。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「岸田首相の服装を見ますと、スーツなんです。バイデン大統領ももちろんスーツでしたが、岸田首相の同行の方もスーツを着ていて、日本側は公式訪問の体裁を取ったのではないかと思われます」
ゼレンスキー大統領が来なかったことに関して、バイデン大統領と扱いが違うと気にすることはないのでしょうか。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「そうですね。バイデン大統領の時は、儀仗兵が銃剣を付けていなかったんですね。その点すごく驚きました。銃剣を付けていない儀仗兵というのは初めて見た。警備が薄かった。かなり急に行ったのだろうなと思います。今回の岸田首相の追悼セレモニーでは、きちんと銃剣を付けた儀仗兵がいて、岸田首相の後ろには自衛隊の武官もいて、きちっとしたセレモニーになっていました」
日本とウクライナ両国で、しっかりすり合わせた上で、ゼレンスキー大統領なしに、岸田首相がセレモニー的に行く形となっていたのですね。岸田首相は、マクロン大統領やバイデン大統領のように派手なアクションでゼレンスキー大統領と関わるタイプではないということでしょうか。
あらためて成果と懸念について整理していきます。岡部先生は「共同声明」と「情報保護協定」、2つの大きな成果があったと指摘されます。まず「共同声明」です。会見だけでなく、正式な文書を両国で発表し、強固な関係をアピールしました。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「意識されないところですが、首脳が会談をして、2人並んで記者会見をするとき、『共同声明』を発表する時と、ただの『記者会見』の時があります。ちゃんと合意した声明が出るほうが格が上で、今回その格上な『共同声明』が出ましたので、しっかりした成果を示せたと思います」
その中で、損傷した文化遺産の保全など、復興を視野に入れた支援を日本が行うと、具体的に書かれました。復興フェーズにおける協力を、ウクライナの方は日本に期待しているのですね。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「そうですね。冒頭部分で両国首脳がかなり強い言葉でロシアの侵略を批判するところから始まりまして、あるいは領土の保全、一体化が述べられました。加えて文化遺産の修復も入り、かなり広範囲なイメージだなと思いました」
日本は軍事支援はできない、武器の支援はできない中で、復興支援というのは、望んだ落としどころだった。その事情をウクライナ側もある程度理解して、文言が織り込まれたのだとみられます。
そして、もうひとつの成果は「情報保護協定」締結に向けて話し合いを始めるということです。大きくは報じられていないのですが、機密情報をお互い共有できるようにする協定で、結果的に日本はロシアの軍事機密を入手できることになります。「情報保護協定」を日本が現在締結している国は、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、オーストラリア、韓国など。韓国との間では「GSOMIA」と呼ばれるものです。事実上の同盟国や準同盟国レベルの国と結ぶものです。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「岸田首相が会見の中で言われたことで、私もちょっと驚いたのですが、軍事支援ができない日本ですが、軍事機密を交換できるようになります。機密情報を共有する一連の国の中に、ウクライナが入るというのは、かなりインパクトがあると思います。ただ現時点では、調整を始めるという発表ではあります」
「日本ができる最大の支援が、ここにあるという判断だったと思います。あるいは今回の戦争で、ウクライナはかなりロシアの軍事機密を得ているはずでして、日本にとって決して悪くない話だと思います」
一方で、岡部先生には大きな懸念があるとのことです。今年5月に広島で開催されるG7サミットに、ゼレンスキー大統領を招待しましたが、オンラインで参加することになりました。岡部先生がショックだったのは、「春から戦闘が激化すると予見して、訪日を断ったのではないか」ということです。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「西側から軍事支援が、とくに戦車などがウクライナに届き始めていまして、春以降、ウクライナが反抗作戦をするのは間違いありません。その時期にあたる、G7広島サミットに来るのは難しいと判断したと感じました。悲しいかな、やはり戦闘が激化する予想なのだと思いました」
形の上では日本がオンライン参加をお願いして、承諾されたとなっています。ですが、この日程を示して、ウクライナ側が事前からオンラインを希望したということなのでしょうか。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「おそらく、すり合わせが行われたのだと思います。個人的には来てほしかったと思います。ただサミットの日は決まっていますので、この時期に何が起こってもおかしくないのかなと」
ところで、日本政府は中国とロシアが合うタイミングを本当に分かっていなくて、岸田首相のウクライナ訪問日程を組んだのでしょうか。
【神戸学院大学 岡部芳彦教授】
「私は偶然じゃないかと思っています。その意味では(タイミングよく世界の注目を集めることとなって)、岸田首相は政治家として“運”がある。すごいなと思いました」
(関西テレビ「報道ランナー」3月22日放送)