日常生活で人工呼吸器や痰の吸引が必要な子ども「医療的ケア児」。
医療技術の発達に伴ってその数は年々増加し、現在、国内に約2万人にいるといわれています。
保育園などに通う場合、看護師などの配置が必要になることが多く、受け入れには自治体によって格差があるのが現状です。
「みんなと一緒に育ってほしい」
奈良市に住む1歳のケア児と、その家族の思いを取材しました。
■「頸部リンパ管腫」1歳の女の子 たんの吸引欠かせず
奈良市に住むすみれちゃん、1歳8カ月。
「頸部(けいぶ)リンパ管腫」という、頬に腫瘍ができる難病を抱えています。
腫瘍の数は約1万個。
1つずつ腫瘍をつぶす治療をしていますが、今のところ完治する方法はなく、15分に1回、たんの吸引が欠かせません。
すみれちゃんは生まれてすぐ、新生児のための集中治療室 、NICUに入りました。
母親のもえさんは、すみれちゃんの病気を受け入れるのに時間がかかったといいます。
【すみれちゃんの母 もえさん】
「本当だったらこうじゃなかったのにっていう気持ちが大きかったから、受け入れたくなかったのかな」
生後3か月になると、腫瘍が口や喉を圧迫するため、気管を切開。
もえさんと、夫のまことさんは、病院で約2週間、たんの吸引などケアの方法を学びました。
入浴の際は、気管に水が入らないように気をつけます。
今でも容態が急変することもあり、目が離せません。
すみれちゃんは、障害のある子どもの発達を支援する施設、療育園に通っています。
細かくつぶしたものしか口から食べることができないため、食事は基本的に、お腹にあけた穴に直接流します。
すみれちゃんのように日常生活で人工呼吸器や痰の吸引などが必要な子供は「医療的ケア児」と呼ばれています。
日本では医療技術の発達に伴い、医療的ケア児の数は年々増加し、現在、約2万人にいるといわれています。
■保育園に通わせたくても…奈良市「親の付き添いなく通うのは無理」
もえさんは、来年から仕事に復帰し、すれみちゃんも保育園に通わせて地域の子どもたちと一緒に育ってほしいと考えています。
しかし、奈良市の担当者に告げられたのは、親の付き添いなく保育園に通うのは「前例がないため無理だ」という内容でした。
【すみれちゃんの父 まことさん】
「気管切開をしていると、保育園には今の奈良市の体制では入れられないっていうのが分かった」
【すみれちゃんの母 もえさん】
「お隣の生駒市とか大和郡山市では、医療的ケアがあっても(保育園に)行っている事例があるから、そちらの方に引っ越しされるのも一つですよねって言われて。そんな簡単に言うけど、私たちは今ここで住んでここで子どもを育てていきたいって思って相談しているのに、ほかのところに行ってくださいって言われるのはびっくりだった」
■保育園への受け入れには自治体によって格差
医療的ケア児が保育園などに通う場合、看護師などの配置が必要になることが多く、受け入れには自治体によって格差があるのが現状です。
大阪府豊中市では、2002年に初めて医療的ケア児の家族から入園についての相談があり、出来る限り保護者の要望に応じようと看護師の配置を決めました。
【豊中市こども事業課 有岡春美さん】
「豊中市では昭和49年から障害児保育というのをやっているんです。その中の一つとして、医療的ケア児も障害児保育のくくりになるので、豊中市として受け入れていく方向にしようかという形になりました。」
定年した看護師を採用するなど、積極的に人材を探し、今では、病状が安定していれば親の付き添いなく地域の保育園などに入園することができます。
【豊中市こども事業課 有岡 春美さん】
「周りの子どもたちも、こういう子がいてるんだっていうすごい学びになると思います。運動会も見てもらったらわかるんですけれども、本当に一緒にやっているんです。その子がバギーに乗っていたら、バギーと一緒に走るという感じでやってます」
■「医療的ケア児支援法」の施行…支援が国や自治体の「責務」に
自治体による格差をなくすため「医療的ケア児支援法」が可決され、9月に施行されました。
法律では、どの自治体でも必要な医療的ケアが受けられるよう、保育所などにケアができる人を配置するよう定められ、医療的ケア児の支援が国や自治体の「責務」となりました。
法律の施行を受け、奈良市の仲川げん市長は、方針の転換を明言しました。
【奈良市 仲川げん市長】
「どうしても、(医療的ケア児の)受け入れには限界があるということが、まず頭をよぎっていた部分が正直あると思います。今回の法律によって、それではだめなんだと、今まで以上に行政として踏み込んでいく必要がある」
法律では「医療的ケア児及びその家族に対する支援に係る施策を講ずるに当たっては、医療的ケア児及びその保護者の意思を最大限に尊重しなければならない」と定められました。
これを受け、仲川市長は公立の園だけでなく私立園であっても保護者の思いに答えられるようにする、と話しました。
【奈良市 仲川げん市長】
「医療的ケア児の問題が公立だろうが私立だろうが、どの園に通っていてもやはり同じ質のサービスを受けられるということが、あくまで原則だと思いますので、そういった意味では私立においても必要な支援をしていくための必要な資源については、行政としてしっかりとカバーしていくということが、まず最初の第一歩だと思っています。公立にいけば受け入れてもらえるので私立に行きたいけれど公立に行くというようなことになってもいけませんので、空いているのに入れないということについては、なくしていきたいと思います」
■支援法施行も…残る悩み 娘はどんな生活を送るのか
法律で「枠組み」はできましたが、「みんなと一緒に育ってほしい」という願いには、まだ課題があります。
すみれちゃんと、もえさんは、医療的ケア児の家族が集う会に参加しました。
【医療的ケア児の母】
「幼稚園に付き添いしてる時は、ママがご飯を食べさしてたん?」
【元医療的ケア児の母親】
「それは加配の(追加で配置された)先生が。私は同じ部屋にいたんですけど見てるだけで、ごろごろいってきたら吸引を別室で。子どもたちが見たり、衛生上よくないからっていう園長先生の考えで」
【医療的ケア児の母】
「自分にとっては、普通の行為なのに、人に見せちゃダメなんだって思うと、ちょっと…」
入園できたとしても、娘はどんな生活を送ることになるのか。
そして、仕事に復帰しようとしている、自分の気持ちにも悩み続けていました。
もえさんは、療育園で胸の内を明かしました。
【すみれちゃんの母 もえさん】
「すみれのことをずっと考えている時に、抱えきれないことがある」
【療育園の職員】
「何を考える?」
【すみれちゃんの母 もえさん】
「病気の治し方 今後の治療法 保育園 自分の仕事復帰」
【療育園の職員】
「悪い母親じゃないねん、復帰したいことが。すみれを置いて復帰することが、どっかでしんどい。この子を産んだから私の人生狭くなったなんて、思わなくていいような世の中にしないと」
「だから、いい人でいなくてもいい 頑張るママでいなくてもいい」
医療的ケア児の数は、ここ10年で約2倍になっていて、今後も増えるとみられます。
【すみれちゃんの母 もえさん】
「車いすに乗っていてもじっと見ることはないのと同じように、気管切開していたりとか、ほっぺが腫れたりとか、いろんな人がいるよねって。みんな頑張って生きてる、楽しんでるよねって、お互いに分かり合えたらいいなとは思います。綺麗ごともしれないけど、綺麗ごとじゃなくて、そうなったらいいのになって思います」
ひとつひとつ理解が広がり、少しずつ生きやすい社会に。
医療的ケア児の家族はそんな社会を望んでいます。