戦地で命を落とした旧日本軍の兵士が綴った手紙が約80年ぶりに滋賀県で見つかりました。
手紙の相手は、兵士に想いを寄せていた女性。
過酷な時代を生きた元兵士と女性の、揺れ動く想いの記録です。
滋賀県甲賀市に住む杉本智恵子さん。
大正12年生まれで、今年98歳になりました。
毎日の、30分ほどの散歩が健康の秘訣です。
杉本さんの自宅にある蔵から、去年、古い箱が見つかりました。
【杉本智恵子さん】
「隠してあったんです。『読むべからず』と書いてな。人にも言うべきでないと思いました。秘めていたんですけど、出てきたんです。嬉しいというか、悲しいというか」
戦時中の軍事郵便につき、読むべからず。
その封印を解いてみると、中には、杉本さん宛の35通の手紙が入っていました。
「御父様も御出征のよし、いかに御国の為とはいえ、お寂しいでしょう」と書かれた手紙。
手紙の送り主は、西浦治一郎さん。
日本軍の兵士でした。
日中戦争の最中にあった1937年ごろ、杉本さんの通っていた学校では、地元出身の兵士たちに、励ましの手紙を送るという取り組みが行われていました。
先生が担当を割り振った中で、たまたま、杉本さんは21歳の西浦さんに手紙を送ることになりました。
【杉本智恵子さん】
「私は文才家のええ人に当たったなと思って。学ばしていただきました」
1937年、杉本さんの父が出征する時に撮られた写真。
杉本さんに笑顔はありません。
【杉本智恵子さん】
「召集令状、赤紙と言って、これが来たら必ず、死を覚悟して行くのでございます。泣いたらあかん、おめでとうって、村じゅうの人が並んで、おめでとうって言うねん。私も赤い顔して泣いていましたけどな。泣いたら未練がましいと。『僕は死にます』と言って、お父さん行かはった」
悲しむ杉本さんを、西浦さんは、中国の戦地から手紙で励ましていました。
【西浦治一郎さんの手紙】
「一番大切なる御父上が、敵の手榴弾の為に名誉の負傷をなされたとの事。御心配の事と思います。自分たちは砲兵である為に、貴女の父上の様な勇ましい戦を演ずる様な事が無いのが残念です」
別の手紙では、西浦さんがいた中国での厳しい戦線の様子も書かれていました。
【西浦治一郎さんの手紙】
「第一戦友とする同年兵の一人がやられ、屍の山となってしまいまして」
「生きて居るのや死んでいるのか解りませんでした」
しかし、返信する便箋に、「死なないで」と書くことはできませんでした。
戦時下の手紙は、すべて軍が検閲していたためです。
【杉本智恵子さん】
「がんばれ、がんばれしか書けなかった。検閲があるんですね。足を引っ張ることはならんと思っていました。ひどい時代やなと今になって思いまして」
身を案じることができない代わりに、杉本さんは地元の草花を押し花にして手紙に添えました。
【杉本智恵子さん】
「押し花というのは、花ですやろ。がんばってくれと、国のために。押し花は故郷のな。簡単に綺麗ですわな。他の物は通らない。軍事郵便、通されんことでございます」
【西浦治一郎さんの手紙】
「貴女の真心の秋の草花も沢山頂きました。尚日誌帳にはさんで持っております」
「何日のお便りを拝見しても、美しい郷里の花びら等の物をお入れ下さる、本当に銃後の女性、大和撫子」
「毎日一度は必ず貴女の写真を眺めて見る。貴女が何かやさしく慰めの言葉を懸けて呉れる様な気がして」
【杉本智恵子さん】
「西浦さんからな、手紙が来たら喜んでな。生きてはんねんな、どうぞ長いこと生きてと。やっぱし、この人が帰ってきたら、結婚せなと思っていました」
■航空兵を志願…手紙に変化「任務にのみ精神を集中」「あなたに結婚を申し込む意気がない」
しかし、その後、西浦さんは、航空兵を志願。
すると、西浦さんの手紙に変化がみられるようになります。
【西浦治一郎さんの手紙】
「僕はあなたに結婚を申し込む意気が無い。空中勤務者である以上、自分の良心が許さない」
「貴女の将来の幸福を心から祈り、任務にのみ精神を集中して、若き日を犠牲にしようと考えたのです」
「私たちの戦友が一人二人戦地へ行くと皆んな一緒に行きたい」
「一途に御国の為に祖国の礎となる日を待つのみ」
この2カ月後、西浦さんの訃報を知らせる手紙が届きました。
飛行機に乗って、台湾から帰る途中の事故でした。
【杉本智恵子さん】
「死にたくなくても、死なないとならん宿命やってん、航空兵やな。もう手紙もくれんといてと言われて、なんか涙がこぼれてきてな。やはり、生かされている。今、命があることはありがたいことでございます」
きょうも、生きている。
杉本さんは、毎日感謝の気持ちを夕日に捧げています。
【杉本智恵子さん】
「ほら、(夕日が)きれいですやんか。ここで拝みます。なんと素晴らしいなと思ってね。こうして私生きているってことはとてもうれしいの。私この世の空気が吸えるってことは、なんと幸せ」
(カンテレ「報道ランナー」8月13日放送)