全身の筋肉が動かなくなる難病「ALS」。
この病気を患い、死を望んだ女性の依頼を受け殺害を実行したとして医師2人が逮捕されてからまもなく1カ月となります。
事件を受け、女性と直接向き合ってきた人々や患者たちは、事件がもたらしたものに強い不安を感じています。
「誰かが『生きて』って言えば、生きる道が開かれる」
そう語る夫、妻の発症から19年、病気と向き合い「一緒に生きる」ご夫婦を取材しました。
『安楽死』望む一方で、投稿には「未来への希望」も
(林さんのツイッター)
「屈辱的で惨めな毎日がずっと続く、ひと時も耐えられない。安楽死させてください」
去年、京都市の自宅で死亡した林優里さん(当時51)。
林さんの依頼を受け殺害した疑いで医師2人が7月23日に逮捕され、その後起訴されました。
難病の「ALS」を患っていた林さんのツイッターには、安楽死を望む声が度々投稿されていて、その思いに同調する声も数多くあがりました。
【ツイッター上の意見】
「もし自分が難病になったら安楽死させてほしい」
「こんな状態で生かされているの?」
「あんなになってまで生きたくない」
しかし、林さんは心から死を望んでいたのか。
当時最も身近にいたヘルパーたちは、”生きたい”という思いもあったと感じています。
【林さんの担当ヘルパー】
「写真とか、手紙とか元気づけるようなものが壁一面にはってありました。テレビとかが置いてある後ろとかでも隠れながらでも見えるぐらい貼ってあった」
林さんのツイッターにも、未来への希望を語る投稿がありました。
(林さんのツイッター)
「一度も着ることのなかったフルオーダーのウエットスーツは、もしもの未来のためにとってある」
【林さんの元担当ヘルパー】
「死にたい、死にたいだけじゃなくて、生きたいという気持ちもすごく持っていたと思うので、そこを勘違いしてほしくない」
社会はALS患者が生きることを簡単には認めてくれない
生と死で揺れ続けた末に、死に至った林さん。
ALSを患いながら難病患者の支援活動をしている増田英明さん(76)は、社会のあり様にこそ、目を向けてほしいと訴えます。
【増田さん】
「ALSになっても当たり前の日常や感情はあります。私たちは決して特別な存在ではありません。だけど、社会はALSなど重度の障害者が生きることを簡単には認めてくれません。安楽死という希望は、彼女が作りだしたものではなく、社会が作り出した差別の中で生み出された彼女の叫びなのだと私は思います」
19年間、ALSと向き合ってきた夫婦
兵庫県西宮市に住む米田晴美さん(68)。
絵画や書道の講師として働いていた19年前にALSを発症しました。
ヘルパーさんが晴美さんのヘアスタイルを整え終わると、今度は夫の裕治さんが、晴美さんの右手の中指に小さな鈴をつけました。
【夫・裕治さん】
「唯一ここが動くって感じで、表情筋はもちろん動くけど、これで合図してもらって、用事をしてもらうって感じです」
夫の裕治さん(69)は、病気がわかった後、すぐに会社を辞め、介護を続けています。
高校生の時に交際を始めた2人。部屋にはそのころからの2人の写真がたくさん飾られていました。今でも毎週土曜日にはデートをしています。
この日は神戸・三宮のアーケード街でショッピングです。
【夫・裕治さん】
「妻は商店街育ちやからね。お米屋さんのお嬢さんで商店街大好きやから」
雑貨屋さんでしょうか。店の前で立ち止まり、2人で相談です。
【夫・裕治さん】
「テーブルクロスどう?」
【米田晴美さん】
「ピンク」
【夫・裕治さん】
「ピンク?ピンク?ピンク…無い」
声は聞こえていません。
晴美さんは、顔や唇の動きを使って気持ちを伝えています。
日差しも強く暑かったこの日、喫茶店でお茶をすることに。
【夫・裕治さん】
「ラテ?それやな?」
【米田晴美さん】
「違う」
【夫・裕治さん】
「違う?」
裕治さん、あらためて晴美さんの口元を読み取ります。
【夫・裕治さん】
「ジ…、ジュ…、ジュース?まさかのジュース…ちょっと待って」
19年間、病気と向き合ってきました。
患者の「7割」が…人工呼吸器を”つけない”
ALSの患者は日本に約1万人いますが、治療法はまだ確立していません。
――Q:今回の事件をうけて
【米田晴美さん】
「周りに迷惑をかけるから、死んだ方がいいと思う人がたくさんになったら、それは恐ろしいこと」
2人も10年前、生死の選択を迫られました。
自力で呼吸することが難しくなり、人工呼吸器をつけるかどうか判断する必要が出てきたのです。
患者の約7割がつけない選択をしているといい、医師からもそれを勧められました。
しかし、2人に迷いはありませんでした。
誰かが「生きて」って言ったら、生きる道が開かれる
【夫・裕治さん】
「生きているんだから、何も否定することないじゃないですか。この人いなくなったらさみしいからね、だから当然生きてくれるやろうという感覚で」
「誰かがね「生きて」って言ったら、生きる道が開かれるんですよ、だけど安楽死とか尊厳死とかいう話をする人が増えてくると、「生きて」っていう人が言いづらくなる、ましてや本人はもっと辛くなる」
見える景色が変わっても、2人にとって一緒に未来を描いていくという幸せは、変わりませんでした。
【夫・裕治さん】
「この人がやりたいことをできるだけ叶えてあげることが、我々にとっての幸せかなと思う。この人が幸せやったら僕は幸せやしね」
【米田晴美さん】
「同じで気持ちでいてくれてありがとう」
みんなが生きやすい世界にするために。
一人一人の理解が問われています。