もし、わが子のケガが身に覚えのない「虐待」によるものと判断されたら…。
最愛の息子への虐待を疑われ、児童相談所に引き離された親子。
疑いを晴らし、再び一緒に暮らせるようになるまで「1年3カ月」。
その間、面会も月1~2回に制限されました。
児童相談所が親に究極の選択を迫る“人質児相”の実態を取材しました。
生後2カ月の次男、骨折が判明し…突然の「一時保護」
兵庫県明石市に住む鈴島直子さん(仮名)。
夫、3歳の長男、生後2ヵ月の次男との平穏な暮らしが、ある日を境に一変することになりました。
【直子さん(仮名)】
「次男を実家に預けて、長男と買い物に出た。帰ってきて、母に『最近長男が次男をよく触る』という話をした。母が「右腕ちょっと腫れているんちゃう?」と。たしかに右腕かたいなと。『病院連れて行きなさい』となって…」
その日のうちに夫婦で次男を病院に連れて行ったところ、次男の右腕の骨折が判明。
手術は不要で、5日後の再検査でも右腕の骨折以外に異常な点は見つかりませんでした。
【直子さん(仮名)】
「折れた原因なぜかと聞かれたが、『分からないんです』と。『3歳のお兄ちゃんがよく触るから、ちょっとそこで何かの力がかかって折れたのかなとしか今思い当たることがないんです』と伝えたんです」
骨折判明から1週間後、直子さんは急遽児童相談所から近くの施設に呼び出されます。
子供2人を連れて出向き、児童相談所の職員と話している途中、突然「次男はここにはいない」と告げられました。
【直子さん(仮名)】
「『車で遠く離れたところに連れて行った』と言われた。びっくりして頭が真っ白になって泣き叫んだことを覚えています」
次男は、児童相談所に一時保護されました。
居場所は知らされず、再び次男に会えたときは保護から1か月近く経っていました。
【直子さん(仮名)】
「乳児院の方が初めて次男を連れてきてくれた時に、本当にこれが次男なのかなって。生後まもない子供の成長はすごく早いんです。よく見ると次男なんやなって。涙が止まらなかった。生きててよかった」
一時保護は、原則2か月まで。
虐待と疑われることに少しも身に覚えのない直子さんは「2か月間我慢するしかない…」そう思っていました。
しかし、直子さん夫妻のもとに届いたのは、乳児院への長期入所を家庭裁判所に求める審判申立書でした。
原因不明の骨折が、なぜ「虐待」と判断されたのか
【報告・上田大輔記者(神戸地裁明石支部前)】
「児童相談所が審判を申し立てるにあたって大きな拠り所としたのが児童虐待に詳しい医師の診断でした」
審判申立書で明らかになった医師の診断意見は驚くべき内容でした。
【児童相談所のアドバイザー医師の意見】
「らせん状の骨折であり、右腕をひねらないと起きない骨折。3~4歳の力では無理で大人の力によるものである。100%虐待によるものと考える」
この「100%虐待」と診断した医師が、想定される虐待行為として例示したのが「ぞうきんを絞るかのようにねじる」という行為でした。
【直子さん】
「なんて恐ろしいストーリーを作られているんやろうって…」
直子さん夫妻が頼った弁護士も、医師の診断内容を見た時に驚いたといいます。
【ゼラス法律事務所・川上博之弁護士】
「骨折があるわけですけど、故意か過失かの判断は極めて難しい。これが(100%虐待と)断言できるということは医学的、科学的にありうるのか。赤ちゃんの二の腕はものすごく小さい。つかめないです、両手では。理屈で言うとできるのかもしれないけど、現実的にどうなのか」
審判の間も、児童相談所からは、月1~2回、1回あたり1時間の親子面会しか許されませんでした。
【S&W国際法律事務所・三村雅一弁護士】
「月に1~2回では、愛着形成は全然進まない。一緒にいる乳児院の人に強い愛着を持ってしまう。面会のたびに両親が抱こうとすると泣き叫んで、乳児院の職員の方に助けてほしいと目線を向ける。面会の場が辛い場になってしまう」
審判が終わるまで、祖父母の家にしばらく戻す案など、次男を早く戻してもらう代替案を児童相談所側に何度も提案しましたが、児童相談所は歩み寄る姿勢を示しませんでした。
【S&W国際法律事務所・三村雅一弁護士】
「児相側から『虐待認めない限り(次男帰宅に向けた)指導開始しません』と。ここに再統合に向けた信頼関係は生まれるかというとけっして生まれない」
『疑わしきは、まず保護』…批判恐れる児相職員
なぜ、児童相談所は「保護」にこだわり続けるのか。
児童相談所職員を長くつとめた児童福祉の専門家に話を聞くと…
【東京通信大学(児童福祉論)・才村純教授】
「一つ間違うと命を落としてしまって、児相からすると、たちまち批判の矢面にたたされる。絶対に死亡事故起こしてはならないというのが、職員の意識にある。そうなると『疑わしきはまず保護』になる」
審判申し立てから10か月経った2019年8月、神戸家庭裁判所明石支部(𠮷澤暁子裁判官)は、「虐待は認められない」と判断。「母親に不適切な対応は見られない」として児童相談所側の申立てを退けました。
その3か月後、大阪高等裁判所(松田亨裁判長)も児童相談所側の不服申立てを退ける決定を出しました。
一時保護から1年3カ月、ようやく次男は自宅に戻れることになりました。
児童相談所からは謝罪の言葉はなく、直子さん夫妻のもとには後日保護を解除する書面が1枚届けられただけでした。
【直子さん】
「かけがいのないもの奪われたなって…。時間も返ってこないですからね。取り戻すことできないですからね」
「100%虐待」の根拠は?…問われる児童相談所の専門性
そもそも児童相談所が依頼した医師の診断に根拠があったのか。
取材班は、「100%虐待」と診断した山田不二子医師(内科医)に医学的根拠を明らかにするよう求めましたが、取材には応じませんでした。
原因不明の骨折で、なぜ1年3カ月も親子が引き離されなければならなかったのか。
審判を申し立てた兵庫県中央こども家庭センターの木下浩昭所長は、「審判の申し立てはベターな選択だった。結果的に(一時保護から審判終了まで)1年3か月かかったのは残念だ」と話しました。
【東京通信大学(児童福祉論)・才村純教授】
「保護すべきかどうかは、究極の選択ですよね。それを、カバーするのは(児童相談所職員の)専門性だと思う。専門性がないから不安も出てくるし、保護する。これで子供が傷ついている。東京都目黒区の事件、千葉県野田市の事件といった悲惨な児童虐待事件があると、その都度、『児相しっかりしろ』『もっと介入して行け』と権限は強化されていく。すると、福祉警察となってしまう危険性がおおいにある。(いま必要なことは)専門性持つことで、真にやむを得ない親子分離が必要なケースを見抜いていくということ」
「虐待の有無」を争うリスク…親が児相から迫られる「究極の選択」
今回の直子さんのケースは児童相談所が抱える多くの問題を浮き彫りにしています。
次男が一時保護された後に、乳児院への長期入所に同意するよう求められた直子さんは、虐待を認めるようなことはできないと考えて、同意しませんでした。
この直子さんの選択は、大きなリスクを伴う決断でした。
審判で虐待を争うと、審判が続いている間は保護が続きます。そして、もし審判に負けてしまうと、さらに原則2年保護されることになるのです。
一方、施設入所に同意すれば、子供の帰宅に向けた指導(プログラム)が開始され、審判に比べれば比較的早期の帰宅が見込まれます(とはいえ、乳児でも帰宅までに1年以上かかるケースがあります)。
また、親子の面会条件についても差がつけられる傾向があります。
審判で争うと、面会を一切認めてもらえないケースがありますし、直子さん夫妻も、審判終了まで月1~2回の厳しい面会制限を課され続けました。
兵庫県中央こども家庭センターの木下所長は、取材に対し「もし施設入所に同意していれば、乳児なので週1回は面会させていた」と話しました。直子さん夫妻が、審判で争ったことで面会条件を厳しく設定したのではないかと考えられます。
子どもの権利条約では、面会が子どもに精神的なマイナスを及ぼすといった例外的な事情のない限り、保護されている子どもは父母と面会する権利があると定められています(条約9条3項)。今回のようなケースで、厳しい面会制限を課す運用が条約を順守しているといえるのか非常に疑問です。
「数年間我が子と離ればなれになる可能性を覚悟して審判で虐待を争うのか、それとも、早く面会できる(面会が増える)ことや早期帰宅を期待して入所に同意するのか」
突然我が子を一時保護され、居場所すら教えてもらえず不安な日々を過ごす親が、こうした究極の選択を迫られているのです。
少しでも早く、少しでも多く我が子に会えることを優先して、虐待に身に覚えのない親が不本意にも施設入所に同意しているケースはかなり多いのではないかと思われます。
なお、ここでの同意はあくまで「施設入所に対する同意」なので、「虐待を認めている」ことには決してなりません。ただ、虐待に身に覚えのない親が、同意後のプログラムに虐待を前提とした内容が含まれていることに気付いて、「屈辱的だった」という声はよく聞きます。そして、児相側に抗議したくても、子供が戻される時期や面会条件を厳しくされるかもしれないと恐れて抗議を控えざるをえないといいます。
この問題を『人質児相』と呼ぶ関係者も…
こうした児童相談所の運用は、「子供を人質に取られた上で、虐待を争わないよう仕向けられた」と親が理解するのも仕方がない運用です。
「自白しないと、保釈されない」傾向がある日本の刑事司法の問題を「人質司法」と呼ぶことがあります。
「虐待を争えば、子どもを戻してもらえない…十分に面会させてもらえない」という運用があるならば、これぞ人質司法です。児童相談所の問題なので、「人質児相」と呼ぶ関係者もいます。
直子さんの審判で、直子さん側から事故の可能性を示す専門医(法医学・整形外科)の鑑定意見書を提出しています。
しかし、児童相談所側はそうした意見書が出された後も「虐待を認めない限り、(帰宅に向けた)指導は開始できない」と主張し、結局高裁の決定に至るまで審判申立てを取り下げませんでした。その結果、審判期間は1年以上に及びました。
ところが、審判終了後に次男を自宅に戻す時に児童相談所は一切指導を行っていません。「子どもの安全のため」に保護を続けていたのであれば、せめて事故防止等の指導は行ったはずです。
原因不明の骨折で1年3カ月に及んだ保護は、いったい「誰のため」に行われていたのでしょうか。