9月9日(火)
第488回 河守街道「~街道に残る細川幽斎の逸話~」
河守街道—こうもりかいどう
京都府舞鶴市を通る河守街道。
戦国時代、この地に細川幽斎が築いた田辺城は面影を残しながら今は公園として整備されています。
河守街道、そこには【細川幽斎の逸話が残る轍】がありました。
戦国時代、この地に細川幽斎が築いた田辺城は面影を残しながら今は公園として整備されています。
河守街道、そこには【細川幽斎の逸話が残る轍】がありました。
紹介した内容
田辺城跡—たなべじょうせき
織田信長の命により丹後を平定した細川幽斎が田辺の地に新しく築いた城が田辺城です。
明治時代に取り壊され、現在は公園として整備されていますが、天守閣の土台として作られた石垣は築城当時のものが残されています。
明治時代に取り壊され、現在は公園として整備されていますが、天守閣の土台として作られた石垣は築城当時のものが残されています。
道の記憶 細川幽斎の逸話
田辺城籠城戦—たなべじょうろうじょうせん
関ヶ原の合戦の直前、石田三成の軍に包囲された幽斎は、52日間も田辺城に立てこもりました。
当時、幽斎は平安時代の歌集である古今和歌集の解釈を伝える唯一の人物だったため、その命を救うべく後陽成天皇から両軍に勅命が出され停戦が成立しました。
当時、幽斎は平安時代の歌集である古今和歌集の解釈を伝える唯一の人物だったため、その命を救うべく後陽成天皇から両軍に勅命が出され停戦が成立しました。
