3月22日(火)

第311回 水間街道「~貝塚の象徴 願泉寺~」

水間街道—みずまかいどう

水間街道
水間街道
大阪府を通る水間街道。
街道が通る貝塚市は室町時代、願泉寺を中心とした寺内町と呼ばれる自治集落が作られていました。
願泉寺の本堂には中国古来の物語「二十四孝」を元に彫られた彫刻が残り、当時の繫栄をしのばせます。
水間街道、そこには寺内町の歴史を伝える轍がありました。

紹介した内容

願泉寺—がんせんじ
願泉寺は貝塚寺内の中心的寺院で「ぼっかんさん」の通称で親しまれています。
明治初年まで徳川家康より許可を得て、卜半家が「地頭」として貝塚寺内を支配していました。
寺には、本堂、庫裏、鐘楼など江戸時代につくられた迦藍が今も残されています。
願泉寺
願泉寺

いにしえの彫刻

二十四孝彫刻—にじゅうしこうちょうこく
二十四孝彫刻は、中国古来の有名な親孝行であった人びとの説話をまとめて、江戸時代に刊行された御伽草子の彫刻です。
彫刻には子供が自ら毒味をしたうえで、いつも母に食事を運んでいた場面や、自分を蚊に刺させ、親の方へ蚊がいかないよう毎晩裸になっていた場面など、24話分の説話が彫られています。
二十四孝彫刻
二十四孝彫刻