12月15日(火)

第245回「西近江路~光秀ゆかりの寺院~」

西近江路—にしおうみじ

西近江路
西近江路
琵琶湖の西を通る西近江路。
この街道は信長を討った男、明智光秀ゆかりの道です。
付近には光秀が建てた坂本城の門を移築した西教寺があり、光秀の妻とその一族が眠る墓があります。
西近江路、そこには戦乱を生きた男の轍がありました。

紹介した内容

坂本城址—さかもとじょうあと
坂本城は、城内に琵琶湖の水を引き入れた水城です。
織田信長が比叡山と湖南・湖西地方を抑えるため、明智光秀に築かせました。
1582年の信長を討った本能寺の変の後、山崎の合戦で羽柴秀吉に敗れ、光秀は自刃しました。その後、明智一族の秀満が一族と共に城に火を放ち、坂本城は焼失したとのことです。
坂本城址
坂本城址

いにしえの墓所

西教寺—さいきょうじ
西教寺は聖徳太子が創建したと伝わる寺で、織田信長の焼き討ちによって焼失後、坂本城の城主となった明智光秀によって復興されました。
境内には明智光秀の墓があり、光秀を支えた一族や妻の熙子と共に祀られています。
西教寺
西教寺