11月17日(火)

第241回「淡嶋街道~徳川吉宗の開運伝説~」

淡嶋街道—あわしまかいどう

淡嶋街道
淡嶋街道
和歌山県を通る淡嶋街道。
街道が通る和歌山市には、紀州徳川家が居城した和歌山城があります。
5代目の藩主「徳川吉宗」は、刺田比古神社で厄払いを行い、後に江戸幕府の将軍に上りつめました。そして、この神社に感謝し土地や刀を奉納したといいます。
淡嶋街道、そこには将軍の伝説を伝える轍がありました。

紹介した内容

和歌山城—わかやまじょう
和歌山城は、紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。
1619年に徳川家康の十男、頼宣が入城し紀州は、水戸、尾張と並び、徳川御三家のひとつとして長い歴史を刻みました。
追廻門は門を出て道を隔てた外側に、馬術を練習する追廻があったので、その名が付けられました。
陰陽道の裏鬼門に位置し、除災のため朱色に塗られたと考えられています。
和歌山城
追廻門

いにしえの刀

刺田比古神社—さすたひこじんじゃ
刺田比古神社は、歴代藩主に和歌山城鎮護の神として崇拝されてきた神社で、徳川吉宗の「拾い親」の神社として有名です。
当時、親の厄年に生まれた子は、捨て子にすれば育つといわれ、吉宗は追廻門の前に捨てられました。
その時、刺田比古神社の宮司に拾われたことで厄をはらい、その後、強運を得て
異例の出世をしたことから「出世・開運・厄除け」の神社とされています。
神社には、吉宗が寄進した鎌倉時代末期に作られた刀の刀身が今も残ります。
刺田比古神社
刀