日本の轍

毎週火曜 午後9:54~10:00

10月3日(火)

第79回「伏見街道 ~鳥羽・伏見の戦い~」

伏見街道—ふしみかいどう

京都・伏見街道。
この街道が通る京都市伏見区は、明治元年に『鳥羽・伏見の戦い』が起きた場所。そんな伏見区には戦の最中、一時野戦病院として負傷者を受け入れた寺が今も残ります。
京都・伏見街道、そこには激動の歴史を今に伝える轍がありました。

紹介した内容

鳥羽・伏見の戦い—とば・ふしみのたたかい

大政奉還により権限を失った徳川家に対し、新政府が領地の召し上げをさらに迫ったことで、旧江戸幕府の勢力が反発し起こった戦です。
1868年に大阪から京都へ攻め入ろうとした旧江戸幕府軍と、それを迎え撃つ薩摩・長州藩の明治新政府軍が伏見の地で衝突しました。激戦の末、勝敗は幕府軍の大敗に終わり明治維新の大局を決しました。

いにしえの閻魔王

長円寺の閻魔王—ちょうえんじのえんまおう

伏見区に建立する長円寺は『鳥羽・伏見の戦い』の最中、幕府軍の野戦病院として負傷者の治療と戦死者達の供養を行った寺です。
戦地にあるにも関わらず、野戦病院として幕府軍の負傷者を受け入れることができたのは、現在も境内に鎮座する閻魔王が祀られていたからとされています。閻魔王の前で争いや罪を犯すことを避けた為、このお寺には戦火が及びませんでした。

関西テレビ ページトップへ戻る