日本の轍

毎週火曜 午後9:54~10:00

※3月7日(火)の放送は、午後10:09~10:15です。

3月7日(火)

第49回「湯の山街道 ~三木城主 辞世の句~」

湯の山街道—ゆのやまかいどう

兵庫県『湯の山街道』。
戦国時代、この街道が通る三木市にあった三木城に対し、羽柴秀吉の代表的な戦法「兵糧攻め」が行われた。城主・別所長治は飢えに苦しむ領民の命と引き換えに自害をした。
湯の山街道、そこには武士道を今に伝える轍がありました。

紹介した内容

三木合戦—みきがっせん

三木合戦は1492年に築城された三木城を舞台に、当時城主だった別所長治と羽柴秀吉率いる織田軍団が争った戦いです。
籠城を続けた別所長治に対し、羽柴秀吉が行った奇策「兵糧攻め」はおよそ2年間に渡り、別所長治を苦しめました。城の中にいる兵や領民は次第に飢え、餓死者が続出。その状況は、後世「三木の干殺し」と呼ばれるほど凄惨なものでした。

いにしえの覚悟

辞世の句—じせいのく

「今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば」

三木城の跡には、三木合戦の最中に城で自害した別所長治の辞世の句が残ります。「今はただ、恨みはありません。領民の命と変わる我が身だと思えば」と自害する自らの想いを歌にしました。
城で飢えに苦しむ兵士や領民の命と引き換えに自刃した別所長治は、三木の大恩人として今も地元で語り継がれています。

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